もっとまぬけが見たいのだ
大体、今の世の中は、あらゆる解像度が高すぎるのだ。バキバキ過ぎる。
常に眼圧が高い状態が続いていて、これでは脳が休まる暇が無い。
コント番組だって、何千人の中から選ばれた何組!とか煽られたら、まあそれはTVなんてものは昔からそういうものであるんだけど、しかし、笑うというよりも演者の人間の優秀さのほうに気が行ってしまい、(そりゃあ優秀なのは当然だけれども)それって純粋に笑えるのだろうか。
ただダラダラとTVの前の才人たちを前に、何も持たない人間が、ブツブツと面白いだの面白くないだの言わされるのは、お笑いを見てるというよりも、まるで自分が闇金ウシジマくんの無能な登場人物にされてしまっているようで、みじめではないか。
なんというか、もっとこう、罪悪感なく、無邪気に、まぬけなものが見たい。そういう欲求って無いだろうか。
と、いきなり面倒くさい事を書いていますが、それというのも、ふと最近「裸の銃を持つ男」を見返し、そのあまりのまぬけさに、感動したからなのでした。久しく感じていなかった感覚を得られた、というか。
世の中にはまぬけが必要なのです。なぜならば。
まぬけはかわいい。みっともない。隙がある。遊びがある。余裕がある。それでいて、どこかアナーキーさがある。丸みを帯びていながらも、やけくそ。そして、しょうもない。何より安心する。まぬけこそ、人間そのものなのです。人間の本質とは、まぬけ。
なんで急に「裸の銃を持つ男」観たかと言うと、youtubeに唐突に「フライングハイ」っていう飛行機パニックコメディの切り抜きが流れてきたんですけど。まあ、あまりのしょうもないギャグに感動してしまいました。
乱気流かなんかで飛行機が揺られる⇒ゼリープルプル⇒おっぱいぷるぷる。
なんという隙。なんというくだらなさ。なんというまぬけ。神々しいまでの、まぬけ。
白眉のシーンは、サムネで思いっきりネタバレしてますけど、やはり操縦士が毒盛られて倒れて、オートパイロットに切り替えるシーンですね。ああ、しょうもない。しょうもなさすぎる。
このくだり現代の映画でも絶対やるべきですよ。ハイテクドローンだ!とか、オートパイロットだ!っつってダッチワイフみたいな人形がプクーって膨らんできたら、絶対不意打ちで笑っちゃいますよ。
この後のオートパイロット君との情事も、本当にくだらなくて最高。
これ、このギャグ、子供に見せたら、小学生でも、下手したら幼稚園児でも喜ぶと思うんですよね。でもギャグが後半無駄に下ネタ入ってて、うかつに見せづらい。入れなくていい所に無駄に誰得な下ネタ入れるのも、相当にバカでまぬけポイント高いですね。
「裸の銃を持つ男」では、野球場での殺人予告を受けて、審判として潜入したけど楽しくなってきちゃってノリノリになるギャグが好き。なんておちゃめでかわいいんだ、レスリー・ニールセン。
まぬけといえば(その1)、スパイナルタップのアンプのボリュームが11のシーン。
このくだりも、永遠にこすりつづけるべき。勇気を持ってこういうシーンをギャグとしてやってくれよ!ギャグはベタでくだらないほどいいじゃないか!
まぬけといえば(その2)、昔の実写のタートルズも相当まぬけかわいい。
いいんですよ、深いメッセージなんて無くて。この絵面で深いメッセージが語れるわけがないでしょうが!!
しかし、なんて最高なアホ面、アホサムネなんだろうか。最高。あまりのメッセージ性の無さに感動する。
ということで、我々はもっと勇気を持って「まぬけ」を推していきましょう。
「まぬけ」っていうのは何ていうかですね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……
そして、意味が無いことに意味がある。
しかし、「裸の銃を持つ男」は本当にくだらなくて、あまりにもくだらなすぎて面白くて最高なんだけど、「Mr.ビーン」の面白さが一回も分かったことが無いんだよな。もう一度挑戦してみようかな。
