優しい音を求めて。

最近、音楽を聴く時間がちょっとだけ増えている。

音楽を、と言っても、「嵐」限定だ。

私の青春時代を彩ってくれた嵐が活動終了した5月末のLIVEを、私も配信で観た。正確に言うと、リアルタイム視聴はできなかったので、その1週間後にアーカイブで観た。もっと正確に言えば、食事と家事をしながら一部聴いて、一部観た(ファンの皆さんからすればあるまじき行為である、というお叱りは甘んじて受け入れるつもりである)。

その配信を聴きながら、様々な楽曲と共にあの頃の色々な記憶が蘇ってきて、LIVE視聴の後も不意に聞きたくなる瞬間が来るのだ。

活動終了前の最後の楽曲となった「Five」は、嵐らしさが詰まったとてもいい曲だと思う。Spotifyにある嵐のプレイリストを、毎回「Five」から聞き始めることにしているくらいだ。

いつから音楽を聴かなくなったのだろうかと過去を改めて振り返ってみて、私の音楽遍歴はどう考えても人より偏っていると思った。

基本的にあるアーティストの音楽と主体的に出会ったことはほぼない。「誰かが聴いていたから」「知っていたから」聴き続けていた、というだけだ。もちろん、出会いはそうでもその後は本当に好きで聴いていたのだが。

冒頭にも書いた通り、私は小学生から高校生頃まではずっと嵐を聴いて育ってきた。嵐だけを聴いて育ったと言っても過言ではないだろう。

母親と姉が嵐にハマってから、私もあるときはCDを、あるときはiPodを、あるときはLINE Musicのプレイリストを嵐の楽曲だらけにしてひたすら聴いていた。

大学生になると、その当時にお付き合いしていた彼女の影響で「乃木坂46」にハマり出した。過去の楽曲も含めて全てさらった後に、その後にデビューした「欅坂46(現在の櫻坂46)」「けやき坂46(現在の日向坂46)」の楽曲も全てフォローしていった。

その坂道グループの楽曲を基盤としつつも、あるときは「大原櫻子」にハマって1度だけLIVEに行ったりとか、その当時仲良くしていた友人の影響で「星野源」にハマってLIVEに連れて行ってもらったりとかしたことがある。しかしそれらは長くは続かなかった。

その後、自分の中で坂道グループへの興味関心が徐々に薄れていくと共に、私にとっての「音楽」に対する興味関心も同時に失われた。

そして、ちょうど時代はYouTubeの勢いが増していたコロナ禍である。そこから私は音楽を聴く代わりに、様々なコンテンツをひたすら耳からインプットしていた。

代表的なところで言うと「中田敦彦のYouTube大学」や書籍紹介系YouTuberの動画をひたすら聴いたり、様々な専門家の1人しゃべりや対談番組を見つけ出しては聴いていた。

そういえば昨年の一時期、突如として「FRUITS ZIPPER」にハマりかけた時期があって、それについてはnoteにも書いたことがあるが、その後結局ハマらずに今は全く聴いていない。

一方で、コンテンツ系としては「ゆる〇〇ラジオ」系列のチャンネルや「COTEN RADIO」との出会いがあったり、最近では「TBS CROSS DIG with Bloomberg」をよく聴いたりしている。

そうして辿り着いた今どうなっているかというと、「なんだかこれ以上情報をインプットするのはちょっともうしんどいかもなぁ」という漠然とした状況だけが残った。

そういう経緯で、原点回帰としての「嵐」が私の心の隙間を埋めてくれているのである。

そして、あのときと唯一違うところがあるとすれば、私がもっと優しい音を求めている、ということかもしれない。

当時は音量などあまり気にせずガンガン聴いていたが、最近はちょっと耳からの刺激に弱くなってきた気がして、静かな空間で音楽を聴くときに普段使っているiPhoneの最小音量でも結構音が大きく感じるようになってしまった。

完全に音量をナシにすると何も聞こえないし、そこから1回だけ音量ボタンを押しているだけでもまぁまぁ音量が大きい。

もっと細かく調整できるようにしておいてくれればいいのに、とぶつぶつ言いながらも、あの頃の懐かしい思いに浸っている今日この頃である。

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