ミステリー・ハードボイルドを読む:一色さゆり『神の値段』美術市場の臨場感と残念な謎解き
現役の美術館学芸員が、現代アートと美術市場を題材に描いたミステリーである。
香港のアートフェアやオークションの描写には、当事者ならではの臨場感がある。
しかし、謎解きの見せ方や終盤の展開、さらにはタイトルの根拠となる「価格」と「値段」の説明には、かなり疑問が残った。
現役学芸員によるデビュー作
先日、日経新聞の記事の中で本書に触れられていたので、読んでみた。
著者は、東京芸大の大学院修了で現役の美術館学芸員であり、本書がデビュー作だ。
テーマは現代アートと美術市場。
本作はデビュー作でありながら、「このミステリーがすごい」の大賞を受賞作でもある。
とはいえ2016年に刊行されており、すでに10年前の作品ということになる。
姿を見せない現代最高のアーティスト
視点人物は、個人経営のプライマリー・ギャラリーに勤める若い女性。
プライマリー・ギャラリーとは、アート作家と契約して、そのアーティストから直接販売を委託されるギャラリーのこと(らしい)。
彼女のギャラリーは川田無名という、本人は姿を現さないが現代最高のインクアーティストと契約を結んでいる。
そして、ある日、ギャラリーの女性オーナーが川田の作品を保管する倉庫で絞殺されているのが発見された・・・。
そこから、犯人捜しと川田無名というアーティストに関する謎解きが並行して進む。
圧巻だった香港のアートフェア
が、圧巻は香港で開かれるアートフェアとオークションの描写だ。
さすがに、この世界で生きる作者だけに、臨場感が素晴らしい。
まるで、その場に居るかのような感覚に捉われた。
説明だけで進む謎解き
そうして最後で犯人が分かり、主人公による謎解きが語られる。
けれども、その謎解きが、主人公による「語り」つまり説明だけで展開される。
まるで、本格推理物にお決まりの、探偵が関係者を集めて謎解きをしてみせるかのようである。
もっと、ストーリーの展開の中で謎が明かされていくようにはできなかったものか。
それから、終わり方が何とも陳腐に感じてしまった。
アート小説としても高くは評価できない
アートを題材にした小説やミステリーはたくさんあり、ぼくも少なくない数を読んできたと思うが、その中でも高い評価ができる感じではない。
アートブームには上手く乗ったし、業界の驚きの実態を伝えたことは認めるにしても・・・。
「価格」と「値段」は本当に違うのか
それから、本書のタイトルが「神の値段」だが、最後の方で主人公の父が「価格と値段の違いを知っているか」と主人公に問い、価格は需給バランスに基づいた客観的ルールで決められるが、値段は本来価格を付けられないものの価値を表す比喩だと説明する。
だから、高騰するアートは値段なのだと。
本当かと調べてみたが、値段にそんな意味はない。
何と言うか、かなり残念である。
