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企業は何度でも生まれ変わる

―Texas Instrumentsの再転換―
半導体産業において、成功し続ける企業は存在するのでしょうか。
この問いに対する答えは、
おそらく「否」です。
しかし一方で、形を変えながら生き残り続ける企業は存在します。
その代表例が、
Texas Instruments(以下TIと書きます)です。
第4回で見たように、この会社は石油探査を祖業とし、
主力事業の転換と人材の内部育成を軸とした独自の進化モデルを持っていました。
そして1958年には、
Jack Kilbyによる集積回路の発明を生み出します。
しかしその後の歩みは、決して平坦なものではありませんでした。
私はTIの日本法人に1981年に入社しました。
当時は、半導体の売り上げ世界一の会社でした。
しかし、1980年代、半導体産業の主戦場であったDRAMにおいて、
日本企業が圧倒的な競争力を持つようになります。
TIも例外ではなく、厳しい競争に直面し、赤字の危機に陥ります。


この状況の中で、TIは一つの選択を行います。
それは、自らの技術的な権利を前面に出すことでした。
いわゆる「キルビー特許」に基づくライセンス戦略です。
この戦略は、半導体産業全体に大きな影響を与えます。
多くの企業がライセンス契約を結び、
結果としてTIは何とか経営破綻の危機を回避することができました。
富士通とは法廷で争うことにもなり、結果は富士通の勝訴でした。
この過程は、技術が「資産」として機能することを示した事例でもありました。
しかし、ここで重要なのは、
特許戦略そのものではありません。
その後の意思決定です。
TIは、DRAM事業を何とか残そうと、神戸製鋼をはじめとする
多くの企業と協業を模索しましたが、
最終的に1998年にDRAMから撤退します。
これは、第6回で見たインテルと同様、
過去の主力事業を手放す決断でした。
インテルがDRAMから撤退したのは1985年でした。
TIが撤退したのは1998年です。
両社とも同じ結論に至りましたが、
そのタイミングには13年の差がありました。
ここでインテルと異なるのは、
TIはDRAM事業を何とか残そうと努力した上で、
新興のDRAM専業メーカーとして台頭してきた、
マイクロンテクノロジーに売却したことです。

では、その後TIは何を選んだのでしょうか。
同社は、デジタル信号処理、すなわちDSPへと軸足を移します。
もともと石油探査で培った信号処理技術を背景に、
そして1982年に日本の工場で開発したシングルチップのDSP製品をもとに、
この分野で競争力を発揮していきます。
特に携帯電話市場の拡大とともに、
通信向けDSPは急成長します。
NokiaやEricssonなど世界の携帯電話メーカーがTIのDSPを採用し、
一時は携帯電話の心臓部を握る存在となりました。
TIはこの分野で大きな成功を収め、
再び半導体産業の中核に戻っていきます。
しかし、この成功も永続するものではありませんでした。
携帯電話がスマートフォンへと進化する中で、
市場の構造が大きく変化します。
統合型のチップセット、通信と処理の融合。
この流れの中で、
Qualcommが台頭します。
結果として、TIはこの市場での主導権を失っていきます。


ここで再び、選択が迫られます。
そしてTIは、もう一度方向転換を行います。
次に選ばれたのは、アナログ半導体でした。
センサーとのインターフェース、信号変換、電源。
これらはデジタルほど派手ではありませんが、
あらゆる電子機器に不可欠な領域であり、
デジタル信号処理の周辺には必ず存在することが必要です。
この分野において、TIは
製品群の拡充と製造基盤の強化を進め、
現在では世界有数のアナログ半導体企業となっています。
さらにTIはDMDという独自のMEMS技術も育成し続けてきました。
この技術は、試作から製品化まで10年を要しましたが、
プロジェクターなどの分野で広く使われ、
現在でも世界的な競争力を持っています。


ここまで見てくると、一つの特徴が浮かび上がります。
TIは、一つの成功に依存していません。
DRAM、DSP、アナログ、MEMS。
それぞれの時代において、
主力となる事業を変えながら生き残ってきました。
これは単なる事業の多角化ではありません。
むしろ、「何を自分たちの強みとするか」を
繰り返し再定義してきた結果です。
そしてアナログやMEMSは製造技術や要素技術が差別化要因であり、
TIはIDMの立場を取り続け、
今でも自社工場の建設を積極的に行っています。

そして、もう一つ、アメリカ人の人たちに
「TIを知っていますか?」と聞くと、
「ああ、電卓の会社ですね」という答えが返ってきます。
TIは教育用の関数電卓で知られていて、
売り上げは全社の中では小さいものの、
ブランド戦略としてこの事業を残しているのです。

TIを今のような形で持続可能な企業にしたのは、何でしょうか。
それは、技術でも資本でもありません。
意思決定の積み重ねです。
Texas Instruments(TI)は、
内部育成という文化を持ちながらも、
必要なときには事業を切り替える柔軟性を持っていました。
ここでも、第1回の言葉に戻ります。
「自分事としての意思決定」
この会社にとって半導体は、常に自分事でした。
だからこそ、環境の変化に応じて、
自らの姿を変え続けることができたのです。
半導体産業において、
成功とは一度の勝利ではありません。
それは、変化し続ける能力そのものです。


次回はIDMと対極にある「製造に特化した」ファウンドリーについてです。
そして、実はその起源もTIにあります。

参考:Engineering the World (TI 75周年記念誌 ISBN 087074502-6)
「科学技術立国」(2) 坂本幸雄・元エルピーダメモリ社長 2022.4.19 - YouTube

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