捨てられなかった英語のノート ー 2026/6/24(水) R8
今日は入院の日だ。
夜中に一度目が覚め、また眠り、朝5時頃に目が覚めた。
もう少し横になろうと思いながら、ふと近くにあった娘の古いノートを手に取った。
なぜそのノートだけ残っていたのか分からない。
引っ越しの時にたくさんの物を整理したはずなのに、その一冊だけは捨てられずに残っていた。
開いてみると、そこには日本語が一言もなかった。
小学校6年生の頃の英語のノートだった。
英語の日記や作文がぎっしり書かれ、先生の赤ペンによる添削も残っている。
私は当時、娘が英語を勉強していることは知っていた。
けれど、そのノートの中身を読むことはほとんどなかった。
今になって初めて、30年近く前の娘の言葉を読んだのである。
ノートの間には、一枚の目標を書いた紙が挟まっていた。
毎日30分英語の本を読むこと。
毎日5つの英単語を覚えること。
英検2級に合格したいこと。
そして、小さい子たちにもっと優しく接したいこと。
そんな目標が英語で書かれていた。
実は娘は、その後小学6年生で英検2級に合格している。
兄はその前年、5年生で合格していた。
当時私は英語教育の仕事に関わっていたこともあり、英検そのものに特別な思い入れがあったわけではなかった。
むしろ、試験に合格することと、本当に英語で話したり考えたりできることは別だということも分かっていた。
ただ、当時のイマージョン教育では、子どもたちの英語力がどれだけ伸びているかを保護者に示す方法があまりなかった。
そのため、多くの家庭にとって英検は分かりやすい目安だったのだと思う。
私はどちらかというと、娘が合格するかどうかよりも、先に合格した兄と比べて劣等感を持たなければいいなと気にしていた。
だから今、この紙を読むと、英検2級に合格したことよりも、その前に娘自身が「毎日5つ単語を覚えたい」と目標を書き、自分なりに努力していたことの方が心に残る。
親が心配していたこととは別に、娘は娘なりの目標を持ち、娘なりの歩幅で前に進んでいたのだと、今になって知った気がした。
さらに当時のスケジュールも残っていた。
静岡から沼津まで通学し、帰宅して宿題をし、習い事へ行き、勉強をして寝る。
気がつけば夜10時半や11時になっている。
英語、ピアノ、エレクトーン、水泳、塾。
今見ると、本当に忙しい毎日だった。
私は仕事を終えて急いで迎えに行き、夕食の支度をし、子どもたちの習い事を回していた。
当時はそれが当たり前だった。
できることをしてやりたい、その一心だったと思う。
水泳のことも思い出した。
娘は0歳の頃からベビースイミングに通っていた。
私も一緒にプールに入り、浮き輪をつけた娘が水の中から私に向かってくる。
私はそれを抱き上げる。
あの時の娘の顔を、今でもはっきり思い出せる。
普段は忘れているのに、不思議なものだ。
娘は今35歳になった。
人生は親の思い通りにはならない。
娘もまた、私たちが想像していたのとは違う人生を歩いている。
でも、それでいいのだと思う。
今日の朝、私は娘の現在を見たのではない。
英語だけで書かれた古いノートの中で、小学6年生だった頃の娘に会ったのである。
親というのは、子どものことを知っているようで、実は知らない。
毎日一緒に暮らしていても、その子が何を考え、何を目標にし、どんな気持ちで頑張っていたのかまでは分からないことがある。
入院の日の静かな朝。
私は、捨てられなかった一冊の英語のノートから、忘れていた大切な時間を少しだけ取り戻した気がした。
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