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Claude Fable 5発表から日本企業の事例まで Code with Claude 2026東京レポート|初心者向け徹底解説 【後編・開発実践】

AIエージェント開発のコストを9割削減する方法 
能力曲線・評価・コンテキストエンジニアリング徹底ガイド

※この記事は、「Code with Claude 2026 東京 完全レポート」(全3回)の最終回となる【後編】です。

【前編】では新モデル「Claude Fable 5」と新機能を、【中編】では楽天メルカリみずほNRICanvaという日米のトップ企業による生々しい導入事例を扱いました。章番号はシリーズ全体で通しになっています。

【中編】では、AIを「ただのチャットツール」ではなく「自律的に働くエージェント」(同僚)として組織に組み込むことで、驚異的な生産性向上を果たす企業たちの姿を見てきました。では、現場の開発者たちは、賢すぎるがゆえに暴走しがちで、時に莫大なコストを消費してしまうAIを、裏側でどのように制御しているのでしょうか?

この記事を読むと、次のことが分かります。

  • AIモデルの能力がこの1年でどれだけ劇的に伸びたのかを、Anthropic開発陣の生の声と、第三者機関の最新研究データで確認できる。

  • なぜ、AI時代には従来のテストではなく「評価」(Evals / イーバル)が必須(ユニットテスト)と呼ばれるのか、その考え方が分かる。

  • AIのAPI利用コスト(通信費)を最大9割も安くする魔法の技術「プロンプトキャッシュ」の仕組みを、他人に説明できるようになる。

  • AIの記憶をパンクさせないための「コンテキストエンジニアリング」(文脈の節約術)の3つの道具と、安くて賢いAIチームを作る「アドバイザー戦略」の使い分けが判断できる。

  • エンジニアではない一般のビジネスパーソンが、この「AIが自分でソフトウェアを作る時代」にどう向き合えばよいのか、明日からの行動指針が得られる。

話の地図はこうです。
まず、AIの能力が現在どんな恐ろしい曲線を描いて伸びているかを確認し、開発者が「次の未来のモデル」に向けてどう備えるべきかを考えます(第6章)。
次に、その強力なAIの力を「安く・確実に・パンクさせずに」引き出すための、泥臭くも強力な運用ノウハウ(コストの工学)を学びます(第7章)。
最後に、非エンジニアがハッカソンで次々と優勝しているというコミュニティセッションの驚きの逸話から、この変化が「開発者以外」に何を意味するのかを考え、シリーズ全体を締めくくります(終章)。

※なお、この記事には高度な技術用語も登場しますが、すべて直感的な例えで解説しています。非エンジニアの方も、技術の仕組みそのものではなく「AI導入における組織の壁」という本質に着目して読み進めてみてください。



第6章|能力曲線に乗る 
「次のモデル」を前提に作る開発思想

■ 1年で62%から88%へ、そして「飽和」

リサーチ製品マネージャーのテオ・チュー氏の講演は、AIの進化の凄まじさを物語るある「数字」の紹介から始まりました。

※ここから少し専門的な言葉が続きますが、本質的な意味は後ほど分かりやすく例えるので安心してください。

Over 80% of code internally at Anthropic is merged by Claude.

(意訳)Anthropicの内部開発では、コードの8割超がClaudeによって統合(マージ=厳しい審査を通過して本番のシステムに組み込まれること)されています。

Code with Claude 2026 | Tokyo

AIを開発している企業自身が、すでに自社のソフトウェア開発の8割をAIに任せている。この事実だけでも驚きですが、チュー氏はさらに1枚のグラフを示しました。題材は「SWE-bench Verified」(スウィーベンチ・ベリファイド)。GitHub上の実際の不具合報告をAIに修正させ、テストに合格できるかを測る、業界で最も信頼されているベンチマーク(性能試験)です。

1年前のモデル「Sonnet 3.7」のスコアは62%程度でした。それが「Opus 4.8」では88%に達し、本日発表された最新のMythosとFableのモデルでは、ついにこのベンチマークは「飽和した」(saturated)――つまり、用意された試験問題をほぼ満点で解き尽くしてしまったといいます。チュー氏はこのグラフについて、非常に重要な視点を付け加えました。

From 62% to 88% in just 12 months means that Sonnet 3.7 actually failed three times as often on these tasks.

(意訳)12か月で62%から88%へと伸びたという事実は、裏を返せばSonnet 3.7がこれらのタスクで約3倍多く失敗していたことを示しています。

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点数が26ポイント上がったという「直線の伸び」ではなく、失敗率が38%から12%へと約3分の1に激減したという「曲線の伸び」(エクスポネンシャル)で捉えるべきだという指摘です。

この「能力は急速に伸び続ける」という見立ては、Anthropicの自己申告(マーケティング)だけではありません。第三者のAI安全性研究機関であるMETR(メーター)が2025年に発表した論文『Measuring AI Ability to Complete Long Tasks』(AIが長いタスクを完了する能力の測定)が、これを科学的に裏付けています。

METRは、「AIが50%の成功率でこなせるタスクの長さ」(人間がやれば何分かかる仕事か)という指標を提案し、これを「タイムホライズン」(Time horizon / 時間地平)と名付けました。論文の分析によれば、この「AIが自律して働ける時間」は、2019年から2025年にかけて約7ヶ月ごとに倍増しており、この凄まじい傾向が続けば「5年以内に、人間なら1ヶ月かかるソフトウェア作業の多くをAIが自動化できるようになる」と予測されています。

【前編】の基調講演でダイアン・ペン氏が「モデルの価値を測る指標としてタイムホライズンを見ている」と語り、【中編】でみずほの藤井氏が「5年先の超知能から逆算している」と語った背景には、まさにこの強固な研究系譜(能力曲線)の裏付けがあったのです。ただし、これはあくまで過去の傾向からの予測(外挿)であり、未来の完全な保証ではない点には注意が必要です。

■ モデルの3つの進化と、開発者の3つの戦術

では、この能力曲線の中で、AIは具体的にどう賢くなっているのでしょうか。チュー氏はAIの進化を以下の3点に整理しました。

① 行動前の計画(Planning before acting)

Old models would be like me with IKEA furniture. They would jump right in, not look at the instruction manual... Now models actually plan first. 

(意訳)昔のモデルは、IKEAの家具を説明書なしで組み立て始める人のようなもので、とにかくすぐ手を動かしていました。今は、まず計画を立ててから進めるようになっています。

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以前のAIはすぐコードを書き始めて後で失敗に気づいていましたが、今は先に仕様(設計図)を考えてから手を動かすため、結果として書き直しが減り、安く速く仕上がります。

② エラーからの回復(Error recovery)
かつてのAIは、失敗を指摘されても同じ解決策に戻ってきてしまう「ドゥームループ」(doom loop / 死のループ)に陥りがちでした。しかし今のモデルは、環境からのフィードバックを受け取り、別の道を試して自力で回復できます。

③ 長時間の一貫性(Running over longer horizons)
100万トークン規模の長時間の作業でも、途中で当初の指示を見失う(lose the plot)ことがなくなりました。

AIが自律性を獲得していく中で、私たち開発者はどう動くべきか。チュー氏は「過去ではなく、未来のモデルに向けて開発するための3つの戦術」(処方箋)を示しました。

【戦術1】 評価(Evals)を「AI時代のユニットテスト」として整備する

今解ける問題のテストだけでなく、「今日のモデルではまだ解けない難問」を意図的にテスト(Evals)に含めておきます。すると、新しいモデルが出た日にそれを走らせ、「これまで解けなかったあのタスクが解けるようになった!」と観測できた瞬間が、自社の新製品をリリースする絶好の合図になります。

逆に、今のAIが簡単に解ける問題ばかりを集めたテスト(=飽和した状態)のままでは、新モデルの真の力に気づけません。チュー氏はこう警告します。

Hey, on my eval it only really improved by 1%. I don't think this model is that much better. [...] your eval might be saturated.

(意訳)「あれ、うちの評価テストだと新モデルになっても1%しかスコアが上がらなかったよ。そんなに賢くなってないんじゃない?」……そう感じたなら、モデルではなく、あなたの用意したテストのほうが「飽和」(サチュレーション)していることを疑うべきです。

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【戦術2】 足場(Scaffolding)を縮める

足場」(スキャフォールディング)とは、AIを思い通りに動かすために人間が周りに組んだプロンプトや制御コードのことです。

チュー氏は自社の失敗談を披露しました。ある日、新しいモデルに入れ替えたところ「Claudeが指定した引用フォーマットを守らなくなった」(壊れた)という報告が上がりました。しかし調べてみると、システムプロンプトの奥深くに「もう誰も使っていない古い引用ルールの指示」が残っていたのです。

つまり、「モデルが賢くなって『指示への忠実さ』が向上したせいで、人間が残した古い足場(指示)を律儀に守ってしまい、誤作動を起こした」のが真相でした。

AIがまだ未成熟だった時代の「失敗回避のルール」を積み上げると、賢くなった新モデルでは、かえって邪魔になってしまうのです。

プロンプトは「やってはいけないことのリスト」ではなく、「達成したい意図」(ゴール)でシンプルに書くべきだという教訓です。

【戦術3】 モデルに「考える余地」と「行動の手段」を与える

モデルはエラーから自分で回復できるようになりましたが、そのためには「そもそも自分がエラーを起こした」と知る手段が必要です。

具体的には、必要なときに必要なだけ考えさせる「適応的思考」(Adaptive thinking)や、AIがどこまで深く考えるかをツマミのように調整する「エフォートダイヤル」を活用すること。

そして、例えばアプリ開発なら、実際に画面をクリックして動作確認できる『コンピュータ操作ツール』など「自分の成果物を自分で検証する手段」をAIに渡してあげることAIの「エージェントループを閉じる」(自分で作って自分で確認して修正する自己完結の輪を作る)ことこそが、能力曲線に乗るための最大の鍵なのです。

【用語解説】
○ ベンチマークの飽和(Saturation / サチュレーション)
試験問題が簡単になりすぎて、全員が100点を取ってしまい、それ以上の実力差を測れなくなる状態のこと。視力検査の一番下の行まで全部読める人同士を、その検査表では比べられないのと同じで、「飽和したら、より難しい試験に乗り換える」(Evalsを更新する)必要があります。

○ ドゥームループ(Doom loop)
AIがエラーにつまずいた際、何度やり直しても同じ間違った手順を無限に繰り返してしまい、無駄な通信費(トークン)だけを消費してしまう「死のループ」現象


○ 足場(Scaffolding / スキャフォールディング)
AIが迷子にならないように、人間が補助として書いたプロンプトやツールの制御システム全体のこと。AIが賢くなればなるほど、この補助輪は外していく(縮める)必要があります。


第7章|コストの工学 
API料金を「最大9割」下げる3つの技術

AIが自律して働くエージェントの時代において、モデルの知能と同じくらい重要なのが「コストと記憶の管理」です。

AIに長い仕事を任せると、膨大な資料やツールのやり取りによってAPIの利用料金(通信費)が跳ね上がり、AIの脳内の記憶(コンテキスト)もすぐにパンクしてしまいます。この第7章では、Anthropicが提供する「API料金を劇的に下げ、AIの記憶をパンクさせないための3つの技術」を紹介します。

■ プロンプトキャッシュ 「本講演で持ち帰るべきものを1つ選ぶなら」

プラットフォーム製品管理リードのブラッド・エイブラムス(Brad Abrams)氏は、自身の講演の冒頭で参加者に向けて力強く断言しました。

This is the single most important takeaway of the talk: how you do prompt caching.

(意訳)この講演で最も重要なポイントは、プロンプトキャッシュ(prompt caching)をどう行うかという点です。

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仕組みはこうです。エージェントとの長い対話では、ルールを定めた「システムプロンプト」や「これまでの会話履歴」といった『長い前置き』が、APIへのリクエストのたびに何度も繰り返し送信されます。これを毎回ゼロから計算し直すのは、高くて遅い。

そこで、前置き部分の計算結果をAnthropicのサーバー側に一時的に保存(記憶)しておき、次のリクエストでは「前回との差分(新しく追加された指示)だけ」を処理します。これがプロンプトキャッシュ(Prompt caching / プロンプトの計算結果の使い回し)です。

この威力は絶大です。公式ドキュメント『Prompt caching』(プロンプトキャッシュ)によれば、キャッシュに当たった(記憶が使い回せた)入力データは「90%引きの料金」(つまり10分の1の価格)になり、応答スピードも最大85%速くなります。しかも、キャッシュ分のデータはAPIのレート制限(一定時間内の利用上限)に数えられません。


エイブラムス氏によれば、PerplexityやCursor、Replitといった世界的なAIサービスは、このキャッシュ命中率を非常に高く保つ工夫を徹底しているといいます。

If these customers didn't have such a high cache hit rate, we couldn't even serve their workload because there's just not enough compute without prompt caching.

(意訳)これらの顧客がそれほど高いキャッシュヒット率を持っていなければ、プロンプトキャッシュなしでは計算リソースが不足して、むしろ彼らのワークロードをささえることすらできなかったはずです。

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目安として、長時間動くエージェントを開発するなら「キャッシュ命中率80%台を目指すべき」だといいます。

開発者向けコンソールには自分のアプリの命中率が分かる「ダッシュボード」が追加され、さらにClaude Codeのチャット画面で「私のキャッシュ命中率を改善して」(improve my cache hit rate)と頼めば、AI自身が設定ファイルを修正してくれる公式スキルも導入されました。実際のデモでは、命中率0%だった架空のアプリにその場でキャッシュ設定を実装し、即座に58%まで改善する鮮やかな様子が示されました。
※「Getting started」のセクションを参照してください。

【用語解説】
○ キャッシュ(Cache)
一度計算した結果や取り寄せたデータを手元に取り置きして、次回は計算せずに使い回す仕組みの総称
です。料金が9割引になるのは「Anthropic側も無駄な計算をサボれるから、その電気代の節約分をユーザーに還元できる」ためであり、期間限定の値引きキャンペーンなどではなく、物理的な合理性に基づいた割引システムです。

■ コンテキストエンジニアリング 文脈という限りある資源の節約術

続いてエイブラムス氏は、AIの記憶(コンテキストウィンドウ)を節約するための最新の設計技術である「コンテキストエンジニアリング」(Context Engineering)について語りました。

Context engineering is the discipline of deciding what belongs in Claude's context.

(意訳)コンテキストエンジニアリングは、Claudeの「コンテキスト(文脈)に何を含めるか」を決めるための手法・分野です。

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AIの「コンテキスト」(記憶力)は、よく「作業する机の広さ」に例えられます。机に不要な資料を広げすぎると新しい作業ができないように、AIの脳内もすぐにパンクしてしまいます。

デモ用に用意されたのは、架空のヒーロー派遣会社「HeroCorp」の経営ダッシュボードをAIに作らせるというタスクです。当初、AIは100万トークンという巨大な記憶枠を使い切っても、4つの経営目標のうち1つしか処理できずにパンクしてしまいました。

しかし、以下の「3つの道具」をすべて導入すると、なんと100万トークンの枠内で全目標をラクラク処理し、なお記憶に余裕が生まれたのです。

【3つの道具 ①】 
ツール検索ツール(Tool Search Tool) 
使わない工具は棚にしまう

優秀なエージェントに100個以上のツール(道具)を持たせること自体は健全ですが、100個分の「分厚い説明書」を最初から全部AIの記憶に積み込むのは無駄です。実際の作業で使うのはそのうちの1割程度なのですから。

そこで、「道具の検索係」だけを最初の記憶に置き、AIが必要になった時だけ、その都度ツールの説明書を検索して取り寄せる方式にします。講演によれば、開発プラットフォームのLovable社は、この変更だけでトークン使用量を10%削減し、しかも記憶が軽くなったことで「モデルの判断力自体が向上する」という恩恵を得ました。

【3つの道具 ②】 
プログラム的ツール呼び出し(Programmatic Tool Calling) 
必要なページだけコピーして机に置く

AIが「メール検索ツール」を使った結果、100通のメール全文が返ってきたとします。しかし本当に必要なのは「1通のメールの見出しだけ」ということがよくあります。

そこで、膨大な生データはいったんAIの記憶の外(サンドボックス環境)で受け止め、モデル自身が書いた小さなPythonプログラムを使って「必要な数%のデータだけ」を抽出し、その結果だけをAIの記憶に入れます。

Anthropicの公式エンジニアリングブログ『Introducing advanced tool use on the Claude Developer Platform』(高度なツール利用の導入)によれば、Q&AサイトのQuoraはこの方式に変えたことで、複雑な調査タスクにおける平均トークン使用量を43,588から27,297へ、実に37%も削減したと報告されています。

【3つの道具 ③】 
コンパクション(Compaction / 要約による圧縮) 
終わった書類は短いメモ1枚にまとめる

1と2を駆使しても、長時間働くエージェントはいずれ記憶枠を使い切ります。

そこで「100万トークンのうち40万まで使ったら」といった「しきい値」を決めておきます。そのラインに達したら、AIの作業を一時停止し、もう判断材料として不要になった過去の途中経過を削ぎ落とした「短い要約」(サマリー)を自動で作成します。

そして、それを新しい記憶として作業を再開させるのです。データ分析企業のHex社は、これまで自前で同様の複雑な仕組みを作っていましたが、この公式のコンパクション(Compaction)機能へ乗り換えたことで、300行もの管理コードを削除できたそうです。

【用語解説】
○ コンテキストウィンドウ(context window:文脈の窓)
 AIが一度に「視界に入れて」考えられる情報量の上限(記憶力)
のことです。「仕事をする机の広さ」に例えると非常に分かりやすくなります。

○ ツール検索ツール
「使わない工具は机に広げず、棚にしまっておく」こと。

○ プログラム的ツール呼び出し
「分厚い資料は机に置かず、必要なページだけをコピーして机に置く」こと。

○ コンパクション(Compaction)
「終わった書類は机から片付けて、短いメモ1枚にまとめる」こと
。このように机(コンテキスト)の上を常に整理整頓する技術が、コンテキストエンジニアリングなのです。

■ アドバイザー戦略 新人に先輩を付ける

最後の節約技は、異なる能力の「モデルの組み合わせ方」です。エイブラムス氏はこの戦略を、現実の開発チームの常識に例えて説明しました。

You can make a junior engineer on your team more productive just by giving them access to a senior engineer... The same thing is true with models.

(意訳)チーム内の新人エンジニアに、先輩エンジニアとちょっと質問できる環境や機会を与えただけで、彼らの生産性は見違えるほど上がります。モデル(AI)についても、これは同じことです。

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安価で高速なモデル(HaikuやSonnet)に通常の作業を任せ、本当に迷った時や重要な判断の時だけ、高性能モデル(OpusやFable)に相談(アドバイス)できるツールを持たせるのです。

デモでは、安価なSonnetが「この商談は順調です」と判定した案件に対し、相談を受けたOpusが「議事録の末尾の見落とし」を根拠に「いや、実は危険信号が出ている」と訂正し、見事に案件を救う(商談をクローズする)場面が示されました。

新モデル「Fable 5」は、その圧倒的な知能と引き換えに価格も高く設定されています(100万トークンあたり入力10ドル・出力50ドル)。

そのため、「深い推論が本当に必要な要所にだけ高いモデルを使う」このアドバイザー戦略は、品質を落とさずにコストを最適化する極めて現実的な手法です。【中編】で紹介したCanvaの「サブエージェント方式」と全く同じ思想であることにも気づくはずです。

なお講演の最後には、2026年上半期だけでAnthropicから発表された機能の一覧が1枚のスライドに映し出されました。

  • WIF(Workload Identity Federation)
    APIキー自体を不要
    にし、ソースコードへのキー漏洩リスクをゼロにする認証方式

  • フォールバックAPI(Fallback feature)
    Fable 5
    のような強力なモデルで安全装置(分類器)が作動してしまった場合に、他のモデルへ自動で切り替えて処理を止めない機能

プラットフォームの進化はすさまじく、たった半年分の変更が1枚のスライドに収まりきらないほどの熱気に満ちていました。


終章|「業務の専門家」がソフトウェアを作る時代 
読者への提言

イベントの一日の最後を締めくくったのは、Anthropicの日本デベロッパーコミュニティリード、辻淳一郎氏のセッションでした。

ソニーでPlayStation、Googleで検索やゲーム基盤(Stadia)、Robloxで開発者支援と、20年以上にわたってソフトウェア開発の最前線にいた辻氏は、むしろ「非エンジニアにこそチャンスが来た」として、昨年秋からの変化をこう総括しました。

ソフトウェアを作る障壁というのが、ほぼ消えたと思います。[中略]今はもはや『こういうものが欲しい』というのが言語化できれば、ほとんどソフトウェアを書ける時代が来たんじゃないかなというふうに思います。

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表計算ソフトが「複雑な計算」を、インターネットが「情報の発信」を、スマートフォンが「高性能な計算機」を誰もが使えるようにしたように、今度は「ソフトウェアを作ること」自体が誰にでも開かれた、という見立てです。開発の制約は「プログラミングコードを書けるか」から、「解決したい課題を言葉にできるか」へと完全に移り変わりました

■ ハッカソン優勝者は「コードを1行も書いていない弁護士」

それを裏付けるのが、Anthropicが世界中から参加者を募ったハッカソン(短期集中の開発イベント)「Built with Opus 4.6: a Claude Code Hackathon」(2026年2月)の驚くべき結果です。約1万3,000人の応募から選ばれた500人が、1週間にわたって自分自身の課題に取り組みました。その結果、入賞した5組のうち、なんと4組がエンジニアではありませんでした。

優勝したのは、カリフォルニアの弁護士(マイク・ブラウン氏)です。彼が目をつけたのは、「同地では住宅建築の許可申請が9割方却下されてしまい、家を建てるより許可を取る方が時間がかかる」という社会問題でした。

彼は、図面と補正指示書をドラッグ&ドロップするだけで、わずか20分で『審査に通る書類の書き方』を提案してくれるソリューションを考案。裏側で多数のサブエージェントが並列で走るこの高度なシステムを、なんとたった1週間で作ってしまったのです。

自分が優勝したなんて信じられません。コードを1行も書いていないし、1行も読んでいないんですから。

Code with Claude 2026 | Tokyo

他の入賞者も同様です。3位の医師は、診察後に「先生は何を根拠にどう診断したのか」を分かりやすい文章で患者に届ける「Post Visit」というサービスを制作。ウガンダ運輸省で道路の鑑定を行う入賞者は、ドライブレコーダーの映像をAIに読み込ませることで、これまで5週間かかっていた投資判断をわずか5時間に縮めました。

■ 「トップダウン」と「ボトムアップ」の融合

企業の中でも同じ変化が起きています。社員約800人のフルリモートSaaS企業「Zapier」(ザピア)では、有志の社員から始まったClaude利用が全社ハッカソンへと発展し、結果として社員数を超える800以上のエージェントが生まれ、97%以上の社員が毎日のようにAIを使うまでになりました。また、医療プラットフォーム大手の「Epic」(エピック)では、経営層が自ら会議の場でアプリを作って見せたことで、非エンジニア社員の半数以上が日常的にAIを使うようになったといいます。

経営の方々、トップの方々が『うちも生成AIを使って革新していくぞ』っていう話がトップダウンで来ると思うんですけども。もちろんそれは非常に重要なんですが、現場にいる方々が使い始めて、その人たちが中でどんどんどんどん使い上げるという、そのボトムアップっていうのがすごく重要なアプローチなんじゃないかなと思います。

Code with Claude 2026 | Tokyo

こうした現場の「ボトムアップの熱量」を社内にとどめず、社外の知見と結びつけていくための鍵が「コミュニティ」の存在です。

世界37カ国・100以上の都市で300回近く開かれ、約4万人が参加しているClaudeのコミュニティ。この日、日本でも新たに、AIを現場に広めるリーダーとなる「Claudeコミュニティ アンバサダー」の募集が始まりました。

辻氏の主張は極めてシンプルです。これからの時代に最も重要なのは、コードを書く技術ではなく「ドメイン知識」(Domain knowledge / その分野の現場の深い知識)であること

AnthropicのAI研究者たちは、法律事務所の業務の苦労も、診察室の流れも、ウガンダの道路事情も知りません。その領域の問題を誰よりも深く理解しているのは現場の専門家であり、「課題を理解している人」がそのままソフトウェアを作って解決できる時代が来た、という力強いメッセージでした。

■ 「明日からの行動指針」となる提言

最後に、全3回のレポート全体を踏まえた「明日からの行動指針」となる提言を3つ述べます。

第一に、「自分のドメイン知識が活きる、小さくて反復的な課題」から着手すること。

優勝した弁護士の強みはプログラミング力ではなく、「法律業務のどこが一番面倒か」を知り尽くしていたことでした。あなたの仕事の中にある「毎回同じ手順を繰り返している30分」が、AIエージェントに仕事を任せる最良の練習台になります。

第二に、「何ができていれば合格か」を言葉にする習慣を持つこと。

楽天の「タスク単価での評価」、NRIの「業務目線の許容ライン」、Canvaの「エンドツーエンドのEvals」、そしてテオ・チュー氏の「まだ解けない問題を評価に入れる」。立場や業種の違う全員が、結局は同じこと――「良い仕事の定義を、自分の言葉で明確に持て」――を語っていました。これはAIに限らず、人間の部下や同僚に仕事を頼むときにも効く普遍的な技術(マネジメントスキル)です。

第三に、モデルの世代交代を「対応コスト」ではなく「定期的に訪れる機会」として予定に組み込むこと。

METRの最新研究が示す通り、AIが自律してこなせる仕事の長さは数ヶ月単位で倍々に伸びています。Canvaが制御プログラム(ハーネス)を3回も書き直し、楽天がモデルの進化ごとに業務をゼロから再設計したように、「AIはすぐに賢くなる」という前提で仕組みを組んだ組織だけが、次の技術的跳躍をそのままビジネスの成果に変えています。

逆に言えば、今日うまくいかなかった試みは、失敗として捨てるのではなく「評価テスト」(Evals)として残しておいてください。数ヶ月後、新しいモデルが出た日にそれを走らせたとき、それがあなたへの「最高の置き手紙」になるはずです。


⭐️ 参考引用文献

◯『Code with Claude 2026 | Tokyo(ライブ配信アーカイブ)』− Anthropic(2026年6月10日、YouTube) 本記事が依拠する一次資料。テオ・チュー講演(6時間1分頃)、ブラッド・エイブラムス&ロッド・ハワース講演(7時間31分頃)、辻淳一郎講演(8時間16分頃)を収録。第6章・第7章・終章の根拠。

◯『Measuring AI Ability to Complete Long Tasks』(AIが長いタスクを完了する能力の測定)− トーマス・クワ(Thomas Kwa)ほかMETR著(2025年、arXiv:2503.14499)約170のソフトウェアタスクで13モデルを測定。「50%成功率のタイムホライズンは2019〜2025年に約7ヶ月ごとに倍増」と報告し、外挿により5年以内に1ヶ月規模のタスク自動化を予測した。第6章の根拠(過去傾向の外挿であり将来の保証ではない点、タスクが研究用に整備されたものである点に注意)。METR解説ページを含む。

◯『SWE-Bench Pro: Can AI Agents Solve Long-Horizon Software Engineering Tasks?』(SWE-Bench Pro:AIエージェントは長期のソフトウェア工学タスクを解けるか)− シャン・デン(Xiang Deng)ほか Scale AI 著(2025年、arXiv:2509.16941)41リポジトリ・1,865問で構成され、参照解は平均107.4行・4.1ファイルに及ぶ難化版ベンチマーク。データ汚染対策と実務性を重視した設計を報告。第6章「飽和」議論の補助線(前編第1章でFable 5が最高性能とされた試験の原典)。公開リーダーボードを含む。

◯『Prompt caching(公式ドキュメント)』(プロンプトキャッシュ)− Anthropic(公式ドキュメント)キャッシュ読み取りは基本入力料金の10%(実質90%引き)、レイテンシー最大85%減等の仕様を記載。第7章・プロンプトキャッシュ節の根拠。一般提供時の発表を含む。

◯『Introducing advanced tool use on the Claude Developer Platform』(高度なツール利用の導入)− Anthropic(公式エンジニアリングブログ) ツール検索ツールとプログラム的ツール呼び出しの設計と効果を解説。「複雑な調査タスクで平均トークン使用量が43,588から27,297へ37%減」と報告。第7章・コンテキストエンジニアリング節の根拠(自社製品に関する自社計測である点に注意)。コンテキストエンジニアリングCookbookを含む。

◯『Prompting Claude Fable 5(日本語版公式ガイド(Claude Fable 5へのプロンプト作成)− Anthropic(2026年、公式ドキュメント)新モデルの性能を引き出す公式のプロンプト指南。第6章「足場を縮める」「意図で書く」の実践編として参照可能。日本語版モデル紹介を含む。

この記事の構成や下調べにはAIを活用しています。

【編集後記 / おまけ】
ちなみに今回のサムネイル画像ですが、新モデル「Fable」(寓話)にちなんで、某有名・天才殺し屋マンガの「ファブル」にかけてみました。お気づきになりましたでしょうか?(笑)
残念ながら公開停止になってしまったのですが、ようやく持ち直してきたところです。
長編レポートとなりましたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!

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