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ぼくらがフェスに行く理由 中高年ver. ①

わたしが俗に言うロック系の音楽フェスに初めて行ったのは1996年のお台場の「ナチュラルハイ」と言うフェスだった。
ラインナップ: Cornelius,BOREDOMS,Fishmans,キングギドラ(後のZEEBRA),EL-MALO,石野卓球などだった。
Fishmansは今は亡き佐藤くんがヴォーカルで、今となっては(悲しいけど)貴重な体験をした。

当時の音楽フェスは設備もままならないので、場外のフードブースは2〜3箇所だったと思う。
今で言うフェス飯って言うのはなかったなぁ。
焼きそばとかカレーとかそんな感じだった。
そのフェスはその後なくなったっぽいのだけど、翌年の初回の「FUJI ROCK FESTIVAL 1997」について書こうと思う。

当時わたしはスマッシュの広告を見てムムム!!!!!
激ヤバなラインナップに驚いた。

当時のチラシ

前から好きだったRed Hot Chili PeppersとBOREDOMS、お初のRage Against The Machineでもう行くのは確定した。
中でもRATMのザック・デ・ラ・ロッチャを観たくて堪らなかった。デビューアルバムでわたしは彼らにノックアウトされてたから。

静岡の富士山の麓、天神山スキー場?まぁ何とか行ける。
だが、当日の天気予報が最悪だった…。
何と台風が直撃するかもしれないという。
1990年代、アウトドアグッズも普及してなく、フェス文化もさほど注目されてなかった。
日本で大規模な野外ロックフェスがほぼなかったのだ。
そんな不慣れな中、わたしは何を思ったのかVANSのハイカットとナイロンジャケットと雨合羽のみで挑んだ🤣
今考えてみると相当なおバカなんだけどw
たしか友達5人ぐらいで行ったような記憶がある。

最寄り駅からシャトルバスで1時間程度…しかし最寄り駅で誘導のスタッフが誰もいない(今ではとても考えられない)!!!!!  
なので並ぶ列なんて関係なく、先に並んでたの並んでないので暴動が起きていた気が。
結局アナウンスが上手く行ってないので3時間ぐらいかかり、天神山に着いたのは13時過ぎでHIGH-LOWSのヒロトがステージ上で下半身を出していた


雨はまぁまぁな土砂降り。
明らかにVANSは場違い。
合羽も気休め程度。
みんなタワーレコードのブースのゴミ袋をもらいに行き、脚に巻いて長靴代わりにしていた。
既にスキー場の芝生は泥濘の場になっていた。
最初に観たのはBOREDOMS。
土砂降りの中踊り狂った。
みんな狂気と音に塗れていた。
あの光景は神がかっていた。
時間が前後してるかもだけど、ピエール瀧の富士山コスプレもあり電気グルーヴも最高だった。
そしてRATM!!!!! この頃には台風の影響もだいぶあり、豪雨と大荒れの天候。
既にずぶ濡れ…寒い寒い…。
でもでも最高すぎて…Prodigyもゲストに1曲参加してかなり盛り上がったなぁ。
みんな若かったとしか言いようがない。

わたしは体力的にもかなり消耗しており、フードエリア(やはりカレーとかそんなのばっか)にも行かず、何も食べなかった記憶…。
大トリのレッチリの頃になるとまじで台風直撃状態で、身震いが止まらず配られた毛布を身体に巻いていたのだけど、毛布なんて雨に濡れて重くなって余計に体力が衰えていって…倒れそうになり、屋内の救急スポットに行くことにしたのだけど、ここが野戦病院のような光景で…100名ぐらいはいたのかな?皆さんぐったりしてて。
携帯も普及してないから友達ともはぐれて、「明日会えたら〜」なんて言ってね。
レッチリが演奏中断したとの事で、しばらくロッジに移動してくださいって言われ誘導されて、電車も動かないから、今日は急遽ここで泊まってくださいと…。板の床の上で身を縮めながら知らない人達と雑魚寝して、Tシャツとスープも配られたけど若干朦朧としてて眠る所じゃなかった。

朝になって起きたら偶然友達が近くを通り合流出来た。
外に出たら会場はぬかるみとゴミで溢れかえっていた。そして2日目は会場が使えないとの事で中止になったのだった。
帰り際のシャトルバスの窓ガラスが割られていてカオスだったw
かなりサバイヴ体験だった。

後日談、風の噂で死人が出たと聞いた(結局は重傷者だった)。
わたしは家に帰ってから高熱を出し数日仕事を休んだ。
夜中にシークレットでDJをやる予定だったThe ClashのJoe Strummerが奨んで会場のゴミ拾いをやったらしい…。

こんな辛い体験してまで、自分が今現在フェスに行き続けている理由は…?
長くなるので、すみませんが②に続きます。

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