全く笑えない悩みを描いた、退屈で陰鬱なスパイダーマン|映画『スパイダーマン/ブランド・ニュー・デイ』
「Brand New Day」と銘打った最新作は、陰鬱な画作り、コメディの不在、過労や社会的孤立をテーマにしたストーリーのおかげで、スパイダーマンらしからぬ、楽しくない、正直全く笑えない作品になっていた。Brand New Dayどころか、Groundhog Day(退屈で陰鬱な日々)である。
トム・ホランド本人も先月30歳の誕生日を迎えた。学園モノでも、ジュブナイルでも、カミング・オブ・エイジでも無くなったスパイダーマンを、本当に僕たちは観たいのだろうか。ニューヨークの片隅で、社会的孤立を極める高卒男の日常。そこには甘酸っぱさも、青春も友情も精彩を欠き、ただただリアルで笑えない、陰鬱なテーマしか残ってない。全てを一人で背負い混みすぎ、働きすぎで心の安定を崩す独身男性。それ自体はリアルなテーマだし、高校時代から成長し、20代で彼が男性として出会う悩みとしては、至極妥当なものだろう。観客のデモグラフィックとも合う気がする。その過労や精神的ストレスの表層として、頭痛、知覚過敏、衝動的な攻撃性などが出てきて、それをリポビタンDとかエナジードリンクやカフェイン、あるいはアルコールで解決するかのように、首元につけるデバイスで自分を制御する(それが体に毒だとしても)。
そこまではいいが、その解決策や着地が、練り込み不足だし深みがない。ザ・ハンドとの戦いの最中に、色々一杯一杯になったけど、結局、一瞬で何かを悟って、気持ちを切り替えて乗り切れました、以上。もっと、休息の大切さとか、社交の大切さとか、提示できるカウンターはあったはずだ。作品全体として、その治療薬(トニック)の鋭さで勝負して欲しかった。

個人的にはマルチバース・サーガ最高傑作の一つ『シャン・チー/テン・リングスの伝説』の監督であり日系の血も引くデスティン・ダニエル・クレットンの最新作として、期待をして観に行ったが、映画としては、100点満点中60点。実写スパイダーマン9作品の中でも、結構下位に入る出来だったように思う。
前述の解決策のキレ以外に、低評価の理由は主に二つ。まずは被写界深度が浅く、CGIとカラーコレクティングが多用されたジメッとした湿度の高い質感の画面がずっと続いて、ものすごくチープなプロダクションを見せられたような気がしたこと。まあニューヨークは湿度がそもそも高いし、元々狭いコミュニティの話と言えばそうなのだが、CG過多の背景とアクションが長々と続き、退屈してしまった。直前に見返したサム・ライミの一作目と比べれば(あれはあれで平成仮面ライダーかのような特撮感がなんとも言えないのだが)スパイダーマン本人の手触り感に欠けており、CGIに頼らず、もっと実景の美しさを武器にして欲しかった(ジョン・ワッツはクラシックで映画的な画面の質感を全編にわたってキープするのが上手かった)。
エンドクレジットでニューヨークの爽やかな風景を(劇場版コナンのエンディングさながら)スケッチし、なんとか現実のニューヨークに対する目配せをしていたが、あれはあれで、そこまで見てきた映画本編とのトーンや、陰鬱な読後感とのミスマッチがあったように思う。

もう一つの低評価の理由は、MCUからのゲスト出演がノイズになっていたこと。これまでのジョン・ワッツ作品にも、アイアンマン、ニック・フューリー、ドクター・ストレンジら「父親」的なキャラクターはもちろん出ていたが、今作は個人的には、せっかくピーターの周りの記憶もリセットされたし、もっとスパイディの周りのコミュニティの話、MCUとは切り離された彼の話を期待していただけに、ハルクやエレーナが出てきて、食傷気味になった。特にハルクは何度目かわからない暴走を繰り出し、NYの街全体が危機に陥り、クライマックスは壊滅したDODCオフィスでの心を巣食うメンタルヘルスの話という『サンダーボルツ*』との重複も見られ、既視感というかシリーズ内で堂々巡りをしているような印象だった。
このシリーズの行く末が見えない。一応、ネッドやMJ、ハルクやエレーナ、パニッシャーといった「仲間」も手にいれ、スパイディは街から愛されているし、生活が軌道に乗り始めたピーター本人は、無理して魔法を解いてみんなの記憶を蘇らせる必要もない。観客として、アラサー独身男性の苦悩シリーズを見たいとも、デスティンがジョン・ワッツより監督として優れているとも思えない。今回のBrand New Dayもその立ち上げ、語るべき物語の部分で苦労してそうだったし、No Way Homeで大団円を迎えた後、毎回、「語るべきストーリーやテーマ」を捏造して、頑張って意味付けして作っていかなきゃいけないシリーズは、そもそも作る必要はないのではないかと思う。

マルチバースやクロスオーバーからかけ離れた、久しぶりのスタンドアローン作品を期待していたが、その実は結局、NYを舞台にしたMCUキャラクターたちの再登場と、X-MENサーガへの頭出しという役割を背負わされた、「踏み台」としてのスパイダーマンだったという失望もある。役者の一人一人にキラリと光る瞬間がきちんとあり、そこは見応えがあったが、全体的に、スパイディ本人も、この映画の作り手たちも「やりたくないことを、それでもやっていかなければならない。何故ならそれが俺たちのgreat responsibilityだからだ」という精神の、至極ツラい作品になっていたことは否めない。

