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三月の通知

「雇用更新について」

三月初日、会社から一通の通知が届いた。件名は毎年同じだ。通知の中身は開封するまでわからない。健太は、件名を確認すると、椅子から立ち上がり食べっぱなしだった洗い物を静かに洗い始める。その後、ゴミ回収の日だと思い出し、ゴミ袋を外に出す。戻ってきた後に、再びスマートフォンを手に取った。

健太はスマートフォンの画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。本文は短かった。

「今年度の更新対象外となりました。三月末日をもって契約終了となります。」

たった、それだけ、だった。

この制度が始まったのは、もう十五年も前のこと。AIの普及によって、企業の人員需要は毎年大きく変動するようになった。人を抱えすぎた企業は競争に負け、解雇が遅れた会社ほど崩れていった。

「突然の失業が問題なのか、それとも失業が問題なのか」

政府の結論——突然、をなくせばいい。

それ以降、この国では雇用は一年契約が基本になった。企業は二月末日に毎年20%の人員を手放すこと決める。その一方で四月一日には、20%のメンバーを新たに迎え入れる。人は三月に流動する。大海原を泳ぐマグロのように。

この社会で育った世代は少し違う感覚を持っている。彼らは会社に所属している時間を滞在と呼んだ。履歴書には職歴ではなく、「どこに、何年滞在したか」が記された。人々は、こう表現する。

「会社とは港だ」
「列車の駅のようだ」

出社最終日、全員に挨拶を済ませた後、いつもより早く会社を出た。外へ出ると、まだ寒い風が通りを抜けていた。街はいつも通りで、何も変わらない。だが、健太の中は小さな穴がぽっかり、空いていた——

帰り道、同僚と何度か訪れたことのある小さな居酒屋へ訪れた。木の看板には「港」と書かれている。扉を開けると、油の匂いと湯気が広がった。

「いらっしゃい」

カウンターの奥で、店主が顔を上げた。五十代くらいの男で、太い腕で鍋を振っている。健太はビールを頼んだ。すると、カウンター越しに店主が

「浮かない顔をしているね」
「今日、通知が来ました」

店主は手を止めずに言った。

「三月のやつか」
「そうです」
「今日か」

鍋を火から外し、店主は笑った。健太の方に身体を向けた。

「俺も昔、勤め人の頃にさ上司に呼ばれたことがある。肩を叩かれたよ。ただ制度が始まる前の話だ」

健太は顔を上げた。

「辞めた後、しばらく考えた。どうしようか、と」
「その結果が今さ」

「それで居酒屋を?」
「ああ」

店主は豪快に笑った。

「まあ、なんとかなるってことさ」

店の外では、電車が通り過ぎる音がした。健太は空になったグラスを見つめていると過去の光景が脳裏によぎった——四月一日になると、何人かの同僚が職場を去っていった。残った人間が特別だったわけでも、去った人間が劣っていたわけでもなかった。

久しぶりに会う同僚の中には以前よりもイキイキしている奴もいた。会社に残る人もいれば、別の会社へ移る人もいれば、独立した人もいた。

三月は、それを決め直す季節なのかもしれない。

「今が全てじゃないってことだ」

店主の声が聞こえた。健太は過去から今へ戻る。鍋を振りながら、気楽な声が届いた。「はい」と健太は少し笑った。油が跳ね、香ばしい匂いが広がった。

この国では、失業は予告される。

人々は、こう呼んでいる。

三月の通知——

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