幸せにしかならない生き方探究の森
2025.12 更新
noteという街に、
森を創りました。
にぎやかな場所から少し離れたところにある、
静かな森です。
私と過ごし、
私の声を聴き、
私の言葉を語る。
「つくられた私」ではなく、
「そのままの私」が動き出す場所です。
はじめまして、ともよです。
「自然体のままの私を動かす」をテーマに
言葉で自分を導く探究をしています。
人が好きで、
書くことが好きで、
このnoteという街にも、
書くことで何かを残したい。
そう思っていました。
今も、日々言葉にしながら、
自分の感覚を
確かめるように過ごす静かな時間が、
とても好きです。
「私が手渡せるものは、何だろう?」
そんなことを考えながら、
書いてきました。
そうやって迷い、
右に左に揺れながら歩いているうちに、
気づけばできてしまったのが、この
「幸せにしかならない生き方探求の森」です。
この森は、
最初から作ろうとしたものではありません。
私はただ、
歩いてきただけでした。
選び、迷い、立ち止まりながら。
そうして歩いてきた道を振り返ったとき、
そこに見えたのが、この森の地形でした。
成長の道であり、
体験の場。
豊かで、パワフルで、あたたかく
いつでも自分の自然体に戻れるような場所。
今思えば、心の探求を始めた10年前から、
私はこの森の断片を
受け取り続けていたのだと思います。
大きすぎて
全部がまだ見えていなかっただけで。
それが何かはわからなくても
受け取り続けてきたその積み重ねが、
今、ひとつのカタチとして
ここに集まっています。
お店屋さんにあこがれて、でもなれなかったワケ
「森を創った」だなんて、
おかしなことを言ってると
思われるかも知れません。
私だって
本当はお店屋さんにあこがれていました。
何かを並べて、人が立ち寄って、
「これ、いいですね」と
言ってもらえるような場所。
でも、それはできなかった。
自分が何屋さんになれるのか、
何を売るのか、
カタチとして差し出せるものが、
わからなかったから。
今なら、その理由ははっきりしています。
私は形のある「もの」や
たったひとつの「答え」を
渡したいわけではありません。
自分の中から
自分だけの「応え」を見つけられる場所。
在り方そのものが立ち上がる場所を
つくりたかったのだと思います。
何をしても、
誰といても、
あなたがあなたでいられるように。
憧れや願いは、間違えなければ手に入るもの
感じたことを言葉で表現し、
それを届けること。
共鳴する人と関わること。
家族との関係はもちろん、
「愛されている私」として、
自然体のまま過ごすこと。
誰かにとっては「日常」かも知れなくても、
昔の私が、憧れ、
欲しくてたまらなかったモノです。
「何があっても大丈夫」だと思える
揺るぎない安心感や、
自分の感覚を信じられるようになること。
気づけばそれらは、
息をするように
当たり前になっていました。
周りが変わったわけではありません。
どこにいても、
誰といても、
自分の中心にある
「源点」から
ブレなくなったからです。
「いつでもそこに、戻れるようになった」
そう言ったほうが、
ピッタリかも知れません。
中心に戻る。
フラットになる。
ZEROになる。
それは、
特別な能力を手に入れることではありません。
動きが始まる「起点(源点)」に気づき、
問いを立てられること。
そしてそこから、
また自分の足で歩き出す。
この森はその源点に、
なんどでも触れ続けるための場所です。
覚醒も悟りも必要ない。地に足つけて生きること
私たちは、いつも流れの中にいます。
流れる水。
吹き抜ける風。
聞こえる音。
漂う香り。
そして、
人との関わりの中で揺れる感情や、
ふと浮かぶ思考もまた
流れのひとつなのだと思います。
そうしたものの中で、
ただ存るだけの自分に気づいていく。
探さなくていい。
掘らなくていい。
届こうとしなくていい。
流れている世界の中で
「私がいる」と気づくだけ。
その恵みを受け取り、
私を通して流していく。
連続的なその流れの一部として在るほどに、
本当の私は、
はっきりしていくのだと思います。
だから、何度も
歩きながら、
眺めながら、
感じながら、
森という場所で
地に足をつけて、
「私」と過ごしてみて欲しい。
変わらないものと、変わり続けていくもの
不要なものが淘汰されていくのは
自然の流れです。
その中で
10年たっても変わらず残り続けたもの。
それが「変わらない私」の根。
「そこにいるだけで、
誰かの問題が解決してしまう人」
それは、
私自身が目指してきた姿であり
今もなお向かい続けている在り方です。
説得しなくても、
正解を示さなくても、
相手を変えようとしなくても。
ただ在ることで、
場が整い、
触れた人が自分に戻っていく。
この森は、
そんな在り方が自然に立ち上がっていくための
始まりであり、きっかけです。
そしてこの森は、
完成された場所ではありません。
私自身が、今も歩き、
確かめ、育て続けている場所です。
もし同じタイミングで、
同じ場所を歩くことがあれば、
それぞれの歩幅のまま、
少し並んで歩けたらいい。
「私はこうだったよ。」
「あなたはどう?」
そんな風に分かち合いながら。
この森は、そんなふうに続いていきます。
▶自己紹介|なぜ私はカウンセラーであり、セルフカウンセリングを教えるのか。〈2023ver.〉
