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あの日、丘の上で知った「運ぶ」ことの重み

一歩、また一歩と、私は必死に丘を登っていた。
発注を間違えてしまった特注の商品を、この丘の上にある現場へ届けるために。

「どうしても明日持ってこい!」

取引先からの強い口調の怒鳴り声に、トミセンスは「はい」と答えるしか選択肢はなかった。
しかし、通常の運送便を使っていては明日の納期には絶対に間に合わない。

私が直接倉庫で商品をピックアップし、現場まで自力で運ぶこと。それが残された唯一の手段だった。

倉庫へ引き取りに行った商品は、想像以上に大きく、そして重かった。

倉庫のおじさんに手伝ってもらい、何とか営業車のライトバンにギチギチに詰め込んで出発したものの、バックミラーは荷物で完全に遮られて何も見えない。

何より後ろが重すぎて、高速道路を走ると前輪が浮き上がるような凄まじい恐怖感があった。

手汗を握りながら高速道路を飛ばすこと2時間。
ようやく目的地に到着したものの、現場は険しい丘の上。
これ以上は車で登ることは不可能だった。

覚悟を決め、車から商品を降ろして背中に背負い、徒歩で丘を登り始める。

一歩、二歩、三歩。 四歩目で、腰にピキッと奇妙な違和感を覚えた。

さらに登り、十八歩目。
今度は背骨がギチギチと縮むような感覚に襲われる。

そして三十歩目。 急な斜面でついにバランスを崩し、私は重い荷物を背負ったまま、坂を転げ落ちてしまった。

激痛で身動きが取れず、地面に突っ伏して呻いていると、偶然近くを通りかかったハイキング中のご夫婦が、慌てて119番通報をしてくれた。

ほどなくしてピーポーと救急車が到着。
荷物をどけてもらい、立とうとするが、腰が完全に悲鳴を上げていてまったく言うことを聞かない。

結局、私はそのまま救急車で病院へ搬送されることになった。

取り残された商品と車だったが、私のピンチを聞いて営業所から若手4人が急遽現場に駆けつけてくれた。
商品は彼らによって、無事に現場へと納品された。

一晩入院し、翌朝下された診断結果は「重度のぎっくり腰」。

その後三日間、安静にしてようやく退院することができたが、この日を境に私の体は「ぎっくり腰になりやすい体質」になってしまった。

今でも重いものを持ち上げるとき、少しでも気を抜くと、あの「ピキッ」という恐ろしい悪夢がよみがえる瞬間がある。

「物を運ぶ」ということは、日常生活で当たり前のように行われている。
しかし、そこには常に危険が伴い、誰もが簡単にできるわけではない、本当に大切で過酷な仕事なのだ。

あの日から年月が経った今でも、私は物流や運送に携わるすべての方々へ、心からのリスペクトを抱き続けている。


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