のたうち回りながら救救車を呼んだ、ある湿度の高い日の出来事。
その日は、やけに湿度の高い日だった。
わたしは営業所の同僚と、自社の工場を訪れていた。
目的は、「工場の従業員に自社商品を買ってもらうためのプロモーション」と言えば聞こえはいいが、要するに地道な「チラシ配り」である。
お昼休みの11時30分から13時までの間、工場をつなぐ無機質な廊下に立ち、必死にビラを配り続けた。
ようやく全てのビラを配り終えたその時、下腹部に奇妙な違和感を覚えた。 「なんだ、この内側からグッと押されるような感覚は」
一抹の不安を感じ、わたしは念のため、一旦自宅に戻ることにした。
だが、自宅のドアを閉めた途端、それはやってきた。
「激痛」という文字を3乗したかのような、凄まじい痛みが容赦なく襲いかかってきたのだ。
これまでの人生で一度も経験したことのない次元の痛み。
同時に猛烈な吐き気が込み上げ、トイレに駆け込んで胃の中のものを全てぶちまけた。
吐いた後も痛みは引かず、部屋の床をのたうち回りながら必死に耐えた。 「だめだ、これはただ事じゃない。救急車だ」 人生で初めて、119番のボタンを押した。
さすがは日本、あっという間に救急車が到着した。
それと同時に、異変を察した近所の人たちが野次馬として集まってくる。
気恥ずかしさを感じる余裕すらなく、わたしは隊員の方に抱えられ、救急車のベッドに寝かされた。
車内で隊員の方が、必死に受け入れ先の病院を探してくれている。
しかし、1つ目に断られ、2つ目に断られ……。その間も、痛みは頭のてっぺんを突き抜ける勢いで増していく。
生きた心地がしない中、ようやく3つ目の病院が受け入れを快諾してくれた。
病院に到着した瞬間、一旦落ち着いていた痛みが再び大暴れを始めた。
わたしはまたしてもトイレへ這っていき、胃液を吐いた。
その後、点滴を打ってもらって、ようやく地獄のような激痛が遠のいていった。
医師からの説明によると、この病気(尿路結石)の対処法は極めてシンプルだった。
「ひたすら水を飲んで、尿と一緒に石を押し出すしかない」 もしまた激痛が走ったら、座薬を入れて誤魔化すしかないという。
それからというもの、石との根比べが始まった。
なかなか出てこない頑固な石。
あまりに憎たらしくて、いっそ「石が出てきた暁には、それでブローチでも作ってやろうか」と本気で妄想した。
数日後、だんだんと頻尿になってきた。
そしてある日、その瞬間は突然訪れた。 営業所のトイレで、その石は「コロラン」と音を立てて、便器の底へ転がり落ちたのだ。
あれ以降、あの痛みを上回る衝撃には出会っていない。
この壮絶な体験は、今でも誰かに話したくなる。
しかし悲しいかな、同じ苦しみを味わった「結石の経験者同士」にしか、あの恐怖と、石が出てきた時の感動は決して理解されないのである。
