見出し画像

生還の記録。7月の曇天に潜む牙と、命を救った「酒豪の習慣」


7月の下旬、わたしはお得意先の社長が入院している病院へお見舞いに向かっていた。
天気は曇天。湿度が非常に高く、じっとりとした不快な午後だった。

お見舞いのフルーツを購入したデパートから病院までは、歩いて20分ほどの距離。
散歩気分で何気なく歩いて行った。

病院で元気そうな社長の顔を見て安心し、今度はそのまま営業所の飲み会会場まで、さらに15分ほど歩いて移動した。

乾杯の後、次々と料理が運ばれてきたが、なぜか全く食欲がわかない。
ただ、異常に喉が渇くため、冷たいビールをひたすら胃袋へ流し込んだ。
宴が終わり、皆は二次会へと向かったが、わたしの体調は明らかに狂い始めていた。這うようにして、自分の部屋へと戻る。

ドアを閉めた瞬間、いきなり世界がぐらりと回り出した。
猛烈なめまいに襲われ、立っていられなくなり、敷きっぱなしだった布団へ倒れ込んだ。
ここでようやく、頭の中に「熱中症」という言葉が浮かんだ。

以前、テレビで見た熱中症の自己診断方法を思い出す。 手の甲の皮膚をつまんで、できたシワが戻らなければ危険信号。 恐る恐るつまんでみると、見事なまでにシワが戻らない。

「まずい、対処方法は」 かすむ意識の中で、動脈を冷やすべきだと思い出した。
這いつくばって冷蔵庫へ向かい、中にある氷をビニール袋に詰め込んで、股と脇の下を必死に挟み込んだ。

その直後、今度は激しい震えが止まらなくなった。

救急車を呼ぶべきか、否か。
脳内で「呼べ!」「呼ぶな!」という叫びが激しく飛び交う。
「だめだ、呼ぼう」と決断した瞬間、すでに身体は固まり、指一本動かせなくなっていた。

(死ぬのか、死にたくない!) そのまま、意識を失った。


気がつくと、朝になっていた。
氷がすっかり融けて、濡れた布団の上で自分の生存を意識した。

もし、あのとき冷蔵庫に「氷の作り置き」がなければ、おそらくわたしは死んでいただろう。

なぜ氷が大量にあったかと言えば、日頃から家で酒を飲むためのものだった。
トミセンス、酒豪で本当に良かった。

まさに「生きていた」というよりは、「死んでいなかった」という方が正しい生還劇だった。


熱中症、なめたらあかん。
その事件以降、わたしは日傘を愛用している。

いいなと思ったら応援しよう!