スナックの「分かる」が、会社の未来を変えた。下心ゼロの社長が教えてくれた「聴く力」と人材発掘の真髄。
当時、わたしが所属していた会社の販売会社に社長として出向していたS社長は、無類の「人たらし」だった。
巧みな話術と、人を惹きつける不思議な魅力。
スナックなどに行けば、たちまち店の女の子たちが彼のファンになってしまうのだ。
「この人のセンスを盗みたい」
わたしは、その極意を解明すべく、スナックでは常に彼の隣に陣取り、一挙手一投足を観察し続けた。
そしてある夜、わたしとの決定的な違いを見つけることができた。
それは、至極単純で、誰もが知っているはずの、しかし最も難しいことだった。
「人の話を、目を見て頷きながら聴く」ということだ。
彼の口癖は、「分かるよ、分かる」 本当に分かっているのかと疑いたくなるぐらい、彼は「分かる」を連発する。
しかし、冷静に考えれば、当時のサラリーマンのほとんどが、「俺の話を聞いてくれ」モード全開で夜の街へ繰り出すのだ。
その中で、ただ一人「あなたの話を聴く」モードでいるS社長は、異質であり、それゆえに圧倒的に光っていたのかもしれない。
さらに、彼の素晴らしさを際立たせていたのは、「下心ゼロ」であるという点だ。
女性に優しく、話を聴きながらも、決して自らの欲望を押し付けない。
その純粋な「接客」スタイルは、店の女の子たちにとって、かけがえのない癒やしとなっていたのだ。
ある時、この販売会社で事務サポート社員を募集することになった。
3名の募集に対し、応募は15名。かなりの倍率だ。
わたしも面接官として採用に参加してほしいと要請を受け、緊張して面接会場へ向かった。
いよいよ、最初の応募者が会場に入ってきた。
あれ? どこかで会ったことのある顔だ。記憶の糸を手繰り寄せる。
「あっ、あのスナックで働いている子だ!」
驚愕した。
なんと、応募者15名のうち5名は、S社長とわたしが行きつけの飲み屋さんで働いている女の子たちだったのだ。
横で面接しているS社長は、そんなわたしの動揺をよそに、涼しい顔をして座っている。
面接の結果、採用された3名のうち2名は、S社長とわたしがよく知る、その「夜の世界」から応募してきた女の子たちだった。
採用後、わたしはS社長に、あの応募は偶然だったのかと問いかけた。
社長は少し悪戯っぽく、しかし真剣な眼差しで答えた。
「ちょっと匂わせはしたけれどね。でも、誰でもよかったわけじゃないんだ」
「夜の世界では、いろんなバックボーンを持った人間が働いている。その中で、真剣に生き、向上心を持っている子を見極めて、声をかけたんだ」
社長の言葉通り、採用された2名は、その後の会社運営で目覚ましい活躍を見せた。
彼女たちの貢献もあり、販売会社の業績は向上。
S社長は、堂々と本社へと送り出されたのだ。
今でも、わたしは夜の街の喧騒とともに、人の話を聴くことの重要性と、S社長のあの言葉を思い出す。
「分かる」という一言の、本当の重さを。
