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「バルブじゃないのよ景気は」。完璧なボスが残した、愛おしき言い間違いの記憶。

昔、人柄も良く、指導力もあり、ここ一番の胆力も備わった、格別に優しいE部長という方がいた。

あまりに非の打ち所がないリーダーだったため、周囲からは少し近寄りがたいほどのオーラを放っていた。

そんなほぼ完璧なE部長だったが、どうしても一つだけ、修正が必要なことがあった。

地域のトップという立場上、いろいろな会合でみんなの前で話をする機会が非常に多かった当時。

彼はとんでもない「言い間違い」を、ずっと直せないでいたのだ。
そして、周囲の誰もが、恐れ多くてそれを指摘できずにいた。

それは、日本の景気が急速に悪化していた、バブル崩壊の頃の話。
E部長は、挨拶の中で必ずと言っていいほど景気の話に言及した。
バルブが弾けて、我が業界も非常に厳しい局面を迎えておりますが」

(いや、バブルやろ!)

心の中で全員が突っ込んだ。
しかし、部長があまりにも堂々と「バルブ、バルブ」と連発するもんだから、皆、訂正してあげる機会を完全に逸してしまったのだ。
「いつか誰かが教えてあげるだろう」という引き算の精神で、誰も汚れ役を買って出ないまま、時間だけが過ぎていく。

そして、ついにE部長の栄転が決まった。 このまま別の地域へ送り出すわけにはいかない。
トミセンスは決心した。 「よし、わたしが直接話をしよう」

送別会を目前にして、わたしは立ち上がった。
だが、偉大な部長のプライドを傷つけずに伝えるにはどうすればいいか。
悩んだ末、送別会の出し物として「替え歌」でユーモラスに伝える企画を立ち上げた。 使用する楽曲は、中森明菜の名曲『飾りじゃないのよ涙は』。 タイトルは、『バルブじゃないのよ景気は』だ。

バルブじゃないのよ景気は〜 はっは〜
バルブと言ってるじゃないの ホッホー

(改)飾りじゃないのよ涙は

よし、これで完璧だ。 当日、舞台袖で心臓をバクバクさせながら、出番を待っていた。
すると、ステージ上で挨拶をしているE部長の口から、信じられないコメントが飛び出してきた。

「あの、バブルが弾けてからの数年間」

ちゃんと言っている。
「バブル」って、ちゃんと言えているではないか!

いまさら、曲をチェンジするわけにはいかない。
イントロが流れ、わたしは台本通りにステージへ飛び出し、マイクを握りしめて全力で歌った。

バルブと言っているじゃないの〜!

(改)飾りじゃないのよ涙は

さっき本人が「バブル」と言った直後に、「バルブと言ってるじゃないの」と全否定する謎の歌が響き渡る。
しかし、会場は大爆笑。
E部長も、すべてを察したかのように、満面の笑顔で手拍子をしてくれた。

実は最初から知っていたのか、それとも直前に誰かから聞いたのか。
今となっては真相はわからないけれど、すべてを笑いに変えてくれたE部長は、最後まで最高に素晴らしい上司だった。

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