純白の冷蔵庫に刻まれた赤い筋。引越し手伝いという名の「終わりの始まり」
私が配属された営業所には、所員が引越しをする際は全員で手伝いに行くという、今では考えられない習慣がありました。
ある朝、O課長の新居への引越し当日。意気揚々と現場に駆けつけた私の目に飛び込んできたのは、静まり返った新築住宅と、手持ち無沙汰なO課長の姿でした。 なんと、集合したのは私たった一人。 この日は運悪く、もう一人、新婚のSさんの引越しが重なっていました。「独身の人気者」と「小太りの上司」。残酷な人気投票の結果、精鋭たちは皆、Sさんのもとへ流れてしまったのです。
「トミセンス、君だけが頼りだ」
課長のその一言で、地獄の搬入が始まりました。最大の難関は、2階にキッチンがあるこの家の構造。巨大な冷蔵庫を、狭い階段から運び上げなければなりません。 下から私が支え、上から小太りのO課長が引き上げる。しかし、持ち上げた瞬間に確信しました。「これ、二人じゃ絶対に無理だ」と。
「課長、もっと引き上げてください!」 「手が滑るんだよ、力が入らん!」
階段の踊り場で、私たちは完全に立ち往生しました。上にも行けず、下にも戻れない。腕は極限まで痺れ、感覚がなくなっていきます。さらに悪いことに、冷蔵庫の突起で私の手が裂け、純白のボディーに鮮血の筋がスーッと刻まれていきました。
「……どうするんだ、これ」 「私に聞かないでくださいよ……!」
結局、O課長の奥様に泣きつき、Sさんの現場から「元ラグビー部のT先輩」を含む精鋭部隊を数名こちらに割いてもらうことに。その間、私たちは奥様や子供たちに必死に冷蔵庫を支えてもらいながら、屈辱の30分を耐え抜きました。
応援が到着するなり、力自慢たちが力任せに押し上げます。「ベリベリッ!」と新築の壁紙を引き裂く不穏な音を立てながら、ようやく冷蔵庫は2階へ。 この大惨事がきっかけとなり、営業所内の「引越し手伝い」という悪習は、静かに幕を閉じました。
しかし、悲劇はこれで終わりませんでした。 無事に(?)荷物を運び終えた数日後。O課長が入居する直前の新居に泥棒が入り、搬入したばかりのテレビやレンジがすべて盗まれてしまったのです。
「命がけで入れたものを、一瞬で出されるなんて……」
