全滅した眉毛。深夜残業の桃源郷に潜む「タイガーバーム」の罠
人が足りないのか、業務量が多すぎるのか。
とにかく仕事が終わらない毎日が続いていた。
山積みの業務を深夜の残業で処理しなければ、お客様に多大な迷惑がかかる。
いつしか営業マン全員が、午前零時を過ぎても机に向かうことが日常(あたりまえ)になっていた。
襲いかかる強烈な眠気。
ある者はブラックコーヒーをがぶ飲みし、ある者はおでこに冷却シートを貼って耐える。
中には、コンパスの針を太ももに突き刺して眠気と戦う、「猛者」まで現れる始末だった。
そんな限界寸前のある夜、一人の先輩がニヤリと笑いながら、妙なものを持ってきた。 「おい、いいものを見つけたぞ」
差し出されたのは、独特のオリエンタルな香りを放つ小さな缶『タイガーバーム』だった。

これを眉毛のラインに沿ってぐっとすり込む。
すると、どうだろう。
カッと目が見開き、脳がギンギンに冴え渡るではないか。
さらに、やさぐれていた重苦しい事務所全体に強烈なメンソールの香りが立ち込め、深夜のオフィスはさながら「桃源郷」のような佇まいへと変貌した。
「これは効く!」
皆、競うようにして眉毛がテカテカになるまでタイガーバームを塗り込んだ。このブームは瞬く間に営業所内を席巻し、ついには厳しい所長までもが「おい、タイガーくれ」と愛用するまでになった。
しかし、奇跡の特効薬の代償は、あまりにも突然、そして全員同時に訪れた。
過剰に塗りすぎたせいで、愛用者たちの皮膚が次々と悲鳴を上げたのだ。
じりじりとした痛みの後、なんと全員の眉毛がポロポロと抜け落ち始めたのである。
たまらず一人が病院へ駆け込むと、医師から信じられない言葉を突きつけられた。
「これ、軽度の『やけど』状態ですよ。今すぐ使うのをやめなさい!」
こうして、深夜のオフィスを救ったタイガーバーム・ブームは一瞬にして終焉を迎えた。
しかし、残された代償は大きかった。営業所全員の眉毛が、一定期間、完全に「欠損」することとなったのだ。
悪夢はさらに続く。
よりによって、そのタイミングで全拠点の営業マンが集まる「エリア会議」が開催されたのだ。
営業所のメンバーがゾロゾロと会場に入室した瞬間、場内がシンと静まり返り、次いで大きなざわめきが起きた。
それもそのはず、スーツを着た男たちが全員「眉毛なし」で並んでいるのだ。
後から他拠点の同期に言われた。
「お前らの営業所、一昔前のヤンキー集団が殴り込んできたのかと思ったぞ」
*タイガーバームの使用案内には、目の付近では使用しないように注意書きがあります。(真似をしないでください)
