見出し画像

シン・アルバム リファー!'95 サンプルビジュアル

1995年結成当時の音源を
リミックス&リテイクしたアルバム
タイトルは

ReFUR! '95
Early works of Fureasteen


当時のカセットリリース


1995年
私はイギリスのロンドンに住んでいた。ロンドンのどこに住んでいたかは、後述しよう。

当時の私は音楽を続けていたいという理由もあったが、日本に帰りたくないというのが本音で海外にいた。
せっかくヨーロッパ滞在(1989年から1993年)の中で得た自分の中でのセンスや知識が、そして怠惰な自由とでもいう精神が、日本に帰ったら失われてしまうのではないかと恐怖心すら持っていたように思う。

よく寝ながら、うなされ「ここはどこだ!私は日本に強制送還されたのかな?」と飛び起きてたものだ。
今はまったくそのようなことはなく平穏に睡眠が取れているのは幸せだ。

1995年にこのFureasteenを始めた。
その前に在籍していたNova〜EXITは、1995年に終わった。
こちらの実験音楽ユニットについては、他のコラムでも書いている!


FureasteenとEXITの活動は重なっていたかというと、律儀な私のことなので重なっていないと思う。そんなに器用ではないので笑
EXITで実験音楽やインプロビゼーションで培った音楽的テクニックとセンスを、当初のFureasteenでは継承しつつ、もっとポップでロックな感じの音楽を当初は目指していた。

1995年のイギリスと言えば、誰もかしこもブリッツロック/ポップをやっていて、流行していた。
オアシスVSブラーのシングルチャート対決なんてのもありましたね。
その反面、アンダーグランドな音楽やクラブミュージック、ポストロックなども浮き沈みがありながら、音楽界隈を賑やかしていました。

自分の音を探しながら、友人にも恵まれて、セントマーティンの生徒だったトシオと出会いました。そして、サクラちゃん、コダマくん(ドラマー)と4人組バンドのFureasteenを始めました。


ドラムとの練習だったので、ドラムセットを持っていなかった私たちは、ちゃんとスタジオを借りて練習をしていました。
後のカシオキーボードだけのFureasteenは、私が住んでいたキングスクロスのノースダウンストリートのフラットで音出しをしていました。

なんとも荒削りな音作りでした。最初は本当にワンコードだけで、色々な音を試しながら、それこそ形にしていった曲もありますし、私が作ってあった曲をアレンジを変えて演奏して、創り上げていきました。
まったく違った年代の彼らとの音作りは、化学反応をおこして、創造の波が絶え間なく満ちていきました。

再結成したいけど、トシオがイギリスに住んでいる以外は、わからないから無理だろうなー

こちらは、AIが作ったドキュメンタリー、なかなか良くできてます!

https://youtu.be/ChfVgzzoQyU?si=CTNu4iXwpBTZk9Bq



https://ditto.fm/refur-95-early-works-of-fureasteen


#fureasteen
#postrock
#alvernativerock
#krautrock
#dreampop
#chill

いいなと思ったら応援しよう!

Tom Dante & Blue 439/Fureasteen こんなコロナ禍の中、大変な中にサポートをいただいて、ありがとうございます。活動を円滑にさせるを準備金にいたします。録音機材や画材に使うつもりです。