全国の実践者が島へやって来る【研#17】/研修で出会う探究の風景
2004年3月。2003年度も終わろうとしていた。
離島勤務3年目を迎えようとしていた頃である。
総合的な学習の時間が始まり、学校現場では「これまでにない授業」を模索する動きが広がっていた。
そんな中、私の周囲でも少しずつ、新しいつながりや動きが生まれ始めていた。
そして、この春。
後に大きな意味を持つことになる「2005年の教室を考える会in地方特別大会」の準備が、静かに動き始めていたのである。
1.師匠に背中を押され、大学へ向かう
前回参加した研究会で、大学院時代にお世話になった師匠と再会した。
そのとき師匠から、「今度ちょっとしたセミナーをするので発表してみないか」と声をかけていただいた。
学期末で慌ただしい時期ではあったが、せっかくいただいた機会だったので参加することにした。
当日は朝、島を出て本土の自宅へ戻り、スーツに着替えて大学へ向かった。
本来なら午前中から会は始まっていたのだが、離島からの移動もあり、会場に着いたのは午後の部からだった。
自分が発表したのは、「学習のまとめに生かすWebページ作成」という内容だった。
大学院時代から続けてきたWebページ活用の実践について話をしたのだが、正直なところ、自分の中でもまだ整理し切れていなかった。
いろいろな実践が積み重なっている一方で、「何を軸として語るのか」がまだ定まり切っていない感覚もあった。
ただ、発表そのものよりも、この日強く残ったのは、最後に発表された実践だった。
その方の話を聞きながら、私はメモにこう残している。
「子どもたちにしっかり書かせる経験をさせよう」
「子どもたちが泣いてしまうような想いがこもる実践を」
その言葉を聞いたとき、何年か前の自分を思い出していた。
かつては、自分自身も学級経営に対して、もっとむき出しに近い熱量を持っていたように思う。
しかし、離島勤務の慌ただしい毎日の中で、どこか冷静に距離を取ろうとしていた自分がいたことにも気づかされた。
やはり、熱い気持ちは大事なのだと思った。
2.懇親会で動き始めた「地方特別大会」
夜の懇親会では、全国から参加していた実践者の方々とゆっくり話をすることができた。
特に久しぶりに再会したのが、県西部で情報教育を進めていたNさんだった。
以前、直接実践を学びに訪れたこともある先生で、全国的にも先進的な情報教育推進に取り組んでいた現職小学校教員である。
しかもこの頃、Nさんは、私がかつて在籍していた大学院で、同じ師匠のゼミにも所属していた。
教育実践の世界は広いようで狭い。
現場で実践している教師同士が、こうした場で再びつながっていくことも少なくなかった。
その懇親会の席で話題になったのが、「2005年の教室を考える会in地方特別大会」のことだった。
それまで関東圏中心で行われてきた研究会を、特別に地方開催する。
その準備を進めているという話を聞き、「近いうちに打ち合わせをしよう」ということになった。
今振り返れば、この夜が、地方特別大会へ本格的に関わっていく始まりだったのだと思う。
忙しい中ではあったが、やはりこういう会に参加すると得るものが多い。
離島にいると、どうしても日々の仕事だけで時間が過ぎていく。
しかし、外へ出て、全国の実践者と話をすると、自分の中の感覚が少しずつ更新されていくのを感じていた。
3.卒業式前夜、島で届いた1通のメール
数日後、島へ戻ってからも慌ただしい日々が続いていた。
卒業式当日に学校ホームページを更新しておきたくて、夜遅くまで作業をしていた。
当時運営していた「島っ子のBlog」には、卒業生OBの方からコメントが届いたり、いつも見てくださっている方から卒業祝いのメッセージをいただいたりしていた。
そのお礼も、どうしても載せておきたかったのである。
そんな中、準備を進めていたNさんからメールが届いた。
「2005年特別地方開催打ち合わせ会」の案内だった。
先日の懇親会で日程の話をしていたのだが、その予定通り、日曜午前中に実施するという内容だった。
ちょうどその週末は、年休を取って月曜朝に島へ戻る予定にしていたため、時間的にも余裕があった。
すぐに出席の返事を送った。
さらに、「2005年地方特別大会」の前日には、当時静岡大学のH先生も島へ来てくださる予定になっていた。
旅館はすでに押さえてあったが、まだまだ準備しなければならないことは多かった。
全国レベルの実践者が、自分の勤務する離島へやって来る。
それは、少し不思議な感覚でもあった。
4.全国の実践者を島へ迎える準備
打合会当日。
午前10時から、「2005年の教室を考える会in地方特別大会」の実行委員会が開かれた。
いわゆるキックオフ会議である。

メンバー確認、日程調整、概要説明、役割分担。
当日までのスケジュール表を見ると、新学期が始まってすぐに申込開始となり、締切はGW明け予定になっていた。
まだ先のことのように思っていたが、実際に日程へ落とし込まれると、「これはあっという間に来るぞ」という感覚になった。
この「2005年の教室を考える会in地方特別大会」は、本来は関東圏を中心に行われてきた実践研究会を、特別に地方開催するという大きな企画だった。
大会自体は2日間の日程で行われる予定だったが、その前日に、希望者向けのオプショナルツアーとして、私の勤務する離島を訪れる企画が組まれていた。
全国の実践者に、離島の学校現場や情報教育の環境を実際に見てもらう。
それは単なる見学ではなく、「地方の現場から何を発信できるのか」を問われる機会でもあったように思う。
役割分担では、予想通り、自分はその前日のオプショナルツアー担当になった。
当時から情報教育推進の第一人者だった静岡大H先生、金沢大N先生も視察講師として島へ来られる予定だった。
ただし、船の定員や旅館の受け入れ人数の関係もあり、参加は30名限定だった。
だからこそ、実際の移動計画や島内での流れまで、かなり細かく考えなければならなかった。
次回の準備会議は4月5日。
それまでに、具体的なプランを整理しておく必要があった。
打ち合わせを重ねるうちに、不思議とわくわくしてきた。
情報教育の全国的な会を、こうして現場サイドから作り上げていく。
しかも、それが自分の勤務する離島を舞台に行われようとしている。
今思い返しても、本当に幸せな時間だったと思う。
この頃の私は、まだ現場で試行錯誤を続けていた教師だった。
しかし、全国の実践者とつながりながら、「自分たちの手で学びの場をつくる」という感覚を、少しずつ持ち始めていたのである。
次回に続く・・・👇
前回の話👇👇
初めてこのページに来られた方へ
「研修で出会う探究の風景」は、教師としての学びの記録です。
教育公務員特例法には、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」と記されています。
教師にとって学びは、仕事の一部でもあります。
私自身、これまで校内研修や教育センターでの研修、研究大会、学会、そして自主研修など、さまざまな学びの場に関わってきました。
そこには毎回、出会いがあり、葛藤があり、ときに自分の教育観が静かに塗り替えられる瞬間がありました。
このシリーズでは、そうした研修の風景を綴っています。
現在進行中の連載とも時系列でつながる形で、掲載しています。
今回は勤務していた離島の小学校(へき地2級)2年目、2003年頃の記録です。
これまでの研修シリーズはこちら👉「マガジン 研修で出会う探究の風景」
これまでの研修編はこちら👇👇
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただいたお気持ちは、子どもたちの学びを物語として発信し続ける力となり、教育の現場で役立つヒントへとつなげていきます。