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エッセイでモヤモヤ=自分と対話する

ふみサロでは毎月課題本があり、その本からインスパイアを得て自由にエッセイを書く。6月の課題はふだんと違い、本ではなく「ふみサロ」だった。「ありがちな宣伝文にならないように書く」というのが条件だ。
で、書いてみた。よろしくどうぞ。


私がエッセイを書くとき、すぐには完成させないと割り切ってまず第1稿を終わりまで書く。そして数日~1週間くらい放っておく。そうやって寝かせておいた第1稿に手を加え第2稿を書く。そしてまた寝かす。数日後第2稿に手を入れ第3稿ができる。このあたりでほぼ完成になる。noteへの発表時に微調整をして最終的な作品とする。

実は、ふみサロに入った当初はこんなことはしていなかった。第1稿を書き上げたらそれを作品として発表していた。しかしあることに気づいてこのルーティンを行うようになった。何に気づいたのか?

ふみサロではメンバー同士互いのエッセイについてフィードバックを交換し合うのだが、その時必ず自分が自分の原稿にモヤモヤを感じていた箇所を指摘されることに気づいたのだ。

「ここに入れてもよい接続詞を入れなかったのは何故ですか?」
「中盤以降のこなれた感じの文章にくらべ、序盤が堅苦しくなっています。こうした理由は何ですか?」
「この部分がこの作品の一番面白い部分だと思うのですが、少し物足りません。他の部分でこれだけ字数を割いているのは何故ですか?」

こうしたフィードバックをもらった時に感じるのが「あちゃー! 俺もそこがなんか変だと思ってモヤモヤしていたんだ」なのだ。

そこで発見したのが、「自分がモヤモヤを感じたのなら、そこが手を入れる箇所だ」という秘訣だ。この発見により、書いている文章に対する自分のモヤモヤの重要性に気づいた。それなら、そのモヤモヤを道しるべにそこを狙って深堀りしたり別の書き方を工夫したりすれば、エッセイをより良い作品にブラッシュアップすることができるではないか。こうしてルーティンが立ち上がったのだ。

ふみサロに参加する理由は人それぞれだ。私は自分のモヤモヤに対する感受性を高めるために参加している。フィードバックで「答え合わせ」もできる。エッセイでモヤモヤ=自分と対話したい人にふみサロをぜひお勧めしたい。

(802字)


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