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知識は使ってなんぼ。

「魚を与えるな、釣り方を教えよ」という表現がある。

お腹を空かせている人に魚を与えると、その魚を食べてお腹は満たせる。しかし時間が経つとまた腹を空かせることになる。するとその人はまた誰かから魚を与えられるのを待つしかない。もし最初に釣り方を教えられたら、その人はその後はいつでも自力で魚を手に入れることができる。

だから、魚を与えるより釣り方を教えた方が良いという表現だ。

逆に言えば、教わる方も魚自体より釣り方を求めた方が良いということになる。たとえば直接お金を求めるのではなく、お金を稼ぐ方法を求めるということだ。実際これまで、私自身もお金自体ではなくその稼ぎ方を学ぶよう努めてきた。はずだった。

はずだった、というのは、現状「あんまり稼げてないなぁ」と思うからだ。なぜだろうと自問すると、学んだ知識を実行に移す必要性を実感しきれていなかったからだと思い当たる。簡単にできる部分を気楽につまみ食いしていたのだ。これは他の「○○のやり方」にも当てはまる。

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・・・

仕事上の作業から私事までざっくばらんにあげてみた。

振り返ってみると、熱が入り本を読んだり講座を受けたりして学んだものの、熱が冷めてしまった後はその知識を実行せずにいて忘れてしまったものが多い。必要に迫られ継続的に使っているスキルの場合は仕事でも趣味でも身についている。当り前といえば当たり前だ。

そんな私が目下気になっているのは、退職後の生計の立て方と両親が亡くなった際の相続関連の知識だ。思えば「お金の稼ぎ方」を学んだのも、退職後の不安からだった。後悔先に立たず。知識は使ってなんぼ。いまから実行可能な「釣り方」を学んでいくしかない。

(799字)


このエッセイについて

作者意図

「魚を与えるな、釣り方を教えよ」という表現を知ってからか知る前からかははっきりしませんが、「俺も魚自体より釣り方=稼ぎ方を学ぼうと意識してきたよな」と思い当たりました。しかし同時に「でもあんまりその知識を活かせないままできてしまった」とも思いました。それは何故かと自問すると、その知識の必要性・切迫性を感じ切ることができなかったからだと気づきました。不安を感じて必要があると思って学んだはずなのに、それを実行する切実を感じ切れなかったのです。それを書こうと思いました。

工夫としては、「釣り方」の実例を数多く書き並べてみたことです。アクセントになれば面白いと思いました。

完成までの経緯

この作品は第1稿です。

課題図書『13歳から鍛える具体と抽象』を読んで印象に残ったところが4か所ほどありました。そのうち書く文章が想像できたのがこのテーマでした。

今月は公私にわたり余裕がなく、読んだり書いたりになかなか取り組めませんでした。2週間くらいかけて読み、締め切り当日に読了して書き始め、なんとか間に合わせました。


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