見出し画像

ABBAすなわち生命の歓喜

「人生を真に実りあるものにしたい。」

誰しもがこう望んでいるだろう。そのためには、自分自身を根源から突き動かしている動因を、できる限り解像度を上げ理解する必要がある。

私の場合、子どもの頃から自分が一番惹きつけられ心動かされたのは音楽だった。具体的には中学1年生のころ友人に教えてもらったABBAだ。それは、ABBAの音楽が私を突き動かす「生命の歓喜」を体現していたからだ。

ABBAの音楽には生命の歓喜すなわち、人生のさまざまな場面で感じる喜怒哀楽すべてが体現されている。また同時に、その喜怒哀楽すべてを愛おしく感じ味わい尽くそうという人生に対する態度が表明されている。ABBAの音楽自体が生命の歓喜そのものであり、その表現はそれを味わい尽くして生きていこうというリスナー一人ひとりへの提案だと思う。

ABBAの世界観では、表現された生命の歓喜と表現することつまり味わい尽くすこととが分かち難く結びついている。生命の歓喜を感じる。それを味わい尽くそうとするなかで否応なく表現が生まれる。表現されたことで歓喜が高まりまたそれを味わおうとする欲が生まれ表現する。その結果さらに歓喜が高まりさらに表現欲が高まり、という動的なフィードバックループがそこにはある。

ABBAの音楽は、私が求めてやまない「表現欲と表裏一体で分かち難く結びついている生命の歓喜」であり、人生を味わい尽くして生きようという態度表明なのだ。

だが正直いつもこの態度ではいられない。たとえば褒められ認められたいという承認欲求がある。お金が欲しいという欲望もある。こうした不純な?動機で不安になったり焦燥したりする。そんな自分に気づくとこれで良いのだろうかとウジウジしてしまう。

そんなとき、私はABBAを聴く。

ウジウジは雲散霧消し、うっかり忘れていた「生命の歓喜」が立ち上がってくる。喜怒哀楽すべてを愛おしく感じ味わい尽くせば良いのだという気持ちが蘇る。それで良いのだ。それが人生だと思う。

(800字)

このエッセイについて

作者意図

子どもはどの子もそうだと思うのですが、生きること自体の喜びに突き動かされています。私もそうでした。そのことを思い出して「生命の歓喜」について書こうと思いました。

私たちを突き動かす生命の歓喜という動因は、ドーパミン、セロトニン、オキシトシン等のうちどの快感物質によるものだろうか? 承認欲求は含まれるのか? 成功欲との関係は? 等々、論点としていろいろ考えましたが、字数制限もあるためそういったことはすべて省きました。生命の歓喜を体現していると私の考える「ABBAの世界観」をきちんと表現することに絞りました。それが一番伝えたいことだったからです。

完成までの経緯

この作品は第1稿です。

課題本『解像度を上げる』を読み始めて数日目のある日の早朝、本の内容とはまったく関係なく「俺を突き動かしているのはどんな感情だろう?」という問いとともに目が覚めました。いつものようにふとんの中でiPhoneのメモアプリにその時思い浮かべたことをメモしていきました。

その時には、そのメモはただのメモでした。しかしその翌日くらいに気がついたんです。「このメモは、俺の動因について解像度を上げて考えたものではないか? それなら今回のエッセイになるのではないか?」と。それでメモの冒頭に「解像度を上げる」ことについて付け加えました。こうしてほぼエッセイの背骨ができ上りました。

そのメモを基に、二日間程度をかけて完成させました。


いいなと思ったら応援しよう!