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「XXの壁」、透明な境界線の壊し方と愛し方 - - 言葉遊びの遊悠エッセイ

 朝、目が覚めて最初に目にするのは、天井と四方を囲む「壁」。
 私たちは生まれた瞬間から壁に囲まれ、壁に守られ、そして壁に阻まれて生きています。

 最近、ニュースを開けば「103万円の壁」だの「小1の壁」だの、まるで見えない迷路に迷い込んだような心地になります。
 コンクリートでできた頑丈な壁なら、ハンマーで叩き壊せば済む話かもしれません。しかし、現代社会に増殖しているのは、手で触れることのできない、けれども確実にそこに存在する「概念としての壁」なのです。


 そもそも「壁」という言葉は、かつてはもっと物理的な、むき出しの存在でした。
 外敵を防ぐ城壁であり、家を支える構造体です。

 それがいつしか、人の心の隔たりや、克服すべき困難を指す比喩として使われるようになりました。
 英語でいえば「Barrier(バリア)」や「Obstacle(障害物)」、あるいは「Glass Ceiling(ガラスの天井)」といった表現に近い。
 しかし、日本語の「壁」という響きには、どこか絶望感と、それを乗り越えたいという密かな闘志とが同居している気がしませんか。


 物理の世界に目を向けてみると、かつて人類にとって最大級の壁は「音速」でした。
 飛行機が音の速さに近づくと、空気の壁が機体を激しく揺さぶり、バラバラに壊そうとする。まさに「音の壁」です。
 科学者たちは、この見えない壁を突破するために知恵を絞り、ついには超音速の世界へとたどり着きました。

 さらにその先には「光速の壁」が立ちはだかっています。
 こちらはアインシュタインが定めた、宇宙の究極の制限速度です。
 どんなにアクセルを踏んでも、光の速さを超えることはできない。もしこの壁を超えられたら、私たちは過去にも未来にも行けるのでしょうが、物理法則という名の門番は、今のところ一歩も譲ってくれる気配がありません。


 一方で、私たちの日常に目を移すと、もっと泥臭くて、しかし切実な壁がいくつも現れます。

 ビジネスの世界でよく語られるのが「組織の壁」です。
 社員が30人を超えると、社長の号令が末端まで届かなくなる。
 50人を超えると、隣の部署が何をしているか分からなくなる。
 あんなに仲の良かったチームが、いつの間にか「部署間の壁」によって分断されていく様は、少し寂しいものがあります。

 それから、現代日本を象徴する「年収の壁」。
 103万円、106万円、130万円。これらの数字は単なる金額ではなく、家計を守る主婦や学生たちが、その手前で立ち止まらざるを得ない「透明な国境線」のようなものです。
 働けば働くほど手取りが減るかもしれないという恐怖。本来、労働は自由への羽ばたきであるはずなのに、制度という名の壁が、人々の翼をそっと畳ませてしまう。
 これは一種の、現代的な怪談と言えるのかもしれません。

 「世代の壁」や「文化の壁」も厄介です。
 自分とは違う言語、あるいは自分とは違う価値観を持つ相手と向き合うとき、私たちは無意識に心のシャッターを下ろしてしまいます。
 「最近の若者は」「これだから昭和世代は」といった言葉は、相手との間に壁を築くためのレンガのようなものです。積み上げれば積み上げるほど、自分の居場所は安全になりますが、同時にひどく孤独になっていくのです。

 技術の進歩もまた、常に「壁」との戦いです。
 生成AIが登場したとき、多くのクリエイターは「技術の壁」が消滅したと感じたかもしれません。
 誰でも絵が描ける、誰でもコードが書ける。

 しかし、一つの壁が壊れると、その奥には必ず次の壁が現れます。
 今度は「常識の壁」や「倫理の壁」が私たちの前に立ちはだかり、正解のない問いを突きつけてくるのです。


 こうして考えてみると、私たちは一生、壁と追いかけっこをしているようなものです。

 でも、少し視点を変えてみませんか。
 もし、この世から一切の壁が消え去ったら、どうなるでしょう。

 地平線の彼方まで何も遮るものがない世界。
 それは一見、自由で素晴らしく思えますが、実はどこまで行けばいいのか、どこに立てばいいのかすら分からなくなる、広大な虚無なのかもしれません。

 壁があるからこそ、私たちは「あそこまで行こう」という目標を持てます。
 壁があるからこそ、それを超えた瞬間に、今まで見たこともない景色に出会える。
 音速を超えたパイロットが静寂の世界を知るように、10秒の壁を破ったランナーが新たな地平を見るように。

 壁とは、私たちが次に進化するための「しるし」なのです。

 「xxの壁」にぶつかったとき、それはあなたが新しいステージの入り口に立っている証拠だと言えるのかもしれません。
 痛いし、苦しいし、嫌になることも多いけれど、それはあなたが前に進もうと足掻いている動かぬ証拠なのです。


 窓を開けると、夜の風が部屋の壁に当たって音を立てています。

 今夜は、自分の前にある壁を壊す計画を立てるか、それともその壁を背もたれにして、しばし休息を取るか。
 どちらを選んでもいいのです。
 壁は、あなたが逃げ出さない限り、そこから動くことはありませんから。

 明日の朝、また新しい「壁」があなたを待っていることでしょう。
 それは、あなたが今日よりも遠くへ行ける可能性が、まだこの世界に残っているということなのです。

 窓の外では、月が静かに、空を横切る雲の壁を通り抜けていきました。


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