オーダーメイド、 型紙のない人生を、和製英語で着こなす - - 言葉遊びの遊悠エッセイ
ふと、自分の袖口を眺めることがあります。
既製品のシャツのボタンを留めるとき、ほんの数ミリ、あるいはコンマ数ミリの違和感が指先に残ることがある。その微かな隙間に、私たちは「オーダーメイド」という魔法の言葉を滑り込ませたくなるのかもしれません。
そもそも「オーダーメイド」という響きには、どこか背筋が伸びるような、それでいて甘美な響きがありませんか。
面白いことに、この言葉を携えてロンドンのサヴィル・ロウあたりを歩いても、現地の仕立屋さんは少し首を傾げるはずです。
なぜなら、これは日本人が大切に育て上げた「和製英語」という名の特注品なのですから。
もともと、英語で「注文仕立て」を意味する言葉の代表格は「ビスポーク(Bespoke)」です。
語源を辿れば「Been spoken for」、つまり「話し合われた」という状態を指します。
客と職人が対話して、ああでもない、こうでもないと膝を突き合わせて一着の服を練り上げる。そこには単なる「注文(Order)」を超えた、濃密なコミュニケーションの時間が流れています。
日本にこの概念が本格的に入ってきたのは、明治から大正にかけてのこと。文明開化の足音が聞こえる中、洋装がステータスとなった時代です。
当時は「注文服」や単に「お誂え(おあつらえ)」と呼ばれていました。
それがいつしか「オーダー」と「メイド」が結婚し、昭和の高度経済成長期を経て、私たちの生活にすっかり馴染む「オーダーメイド」という言葉が誕生したわけです。
かつて、この言葉が似合う場所は限られていました。
まずは何と言っても、ファッションの殿堂です。
百貨店の奥まった場所にあるサロンや、街角の小さなテーラー。そこは大人たちが「自分だけの型紙」を持つことを許された、ある種の聖域でした。
スーツの裏地に刺繍された名前、自分の体型をミリ単位で把握してくれる職人の存在。それは一種の自己証明だったのかもしれません。
やがて時代が進むと、この言葉の生態系はぐっと広がっていきます。
住空間、つまりライフスタイルのカテゴリーへの進出です。 キッチンの高さを自分の腰に合わせる、あるいは書斎の棚を愛蔵書のサイズに合わせる。
物理的な「モノ」を自分に寄せていく作業は、生活の主導権を取り戻す儀式のようでもありました。
そして現代。オーダーメイドという言葉は、もはや形のあるものだけには留まりません。
例えば、ITやデジタルの世界。
私たちは意識せずとも、スマートフォンの設定やアプリの配置を「自分専用」に組み替えています。
アルゴリズムが提案する音楽のプレイリストや、遺伝子検査に基づいたサプリメントの処方。
これらも一種のデジタルなオーダーメイドと言えるでしょう。
最近では、さらに変わった使われ方も目にします。
「オーダーメイドの葬儀」や「オーダーメイドの結婚式」といった、時間のデザインです。
形式美を重んじる冠婚葬祭においてさえ、私たちは「自分たちらしさ」という名の特注を求めています。
さらには「オーダーメイドの教育プラン」なんて言葉まで。効率を求める社会の裏側で、私たちはかつてないほど「個」であることに執着しているようにも見えます。
でも、少しだけ考えてしまうのです。
すべてが自分の思い通りに「誂えられた」世界は、本当に居心地が良いのでしょうか。
かつてのビスポーク(*1)が「対話」を語源としていたように、本来のオーダーメイドには「ままならなさ」が含まれていたはずです。
職人のこだわりと、自分の好みとがぶつかり合う。素材の特性に、自分の体が歩み寄る。完璧にフィットする一着が出来上がるまでには、自分を型にはめる窮屈さと、それを超えた先の解放感があったのです。
今の私たちは、対話を飛ばして「結果」だけを注文しているのではないか。そんな不安が、既製品のシャツを着る私の胸をときどき掠めます。
言葉は、時代に合わせて形を変える生き物です。
「オーダーメイド」という言葉も、和製英語として日本で生まれ、今の私たちの欲望や理想を映し出す鏡となりました。
それは、私たちが「自分は特別でありたい」と願う切実な祈りの影なのかもしれません。
今度、何かを新調するときは、あえて「すべてを決めない」という注文をしてみるのはどうでしょう。
職人の気まぐれや、素材の個性に身を委ねてみる。
自分の想像を超えた「ズレ」こそが、案外、人生において最も自分にフィットする贈り物になるような気がするのです。
(*1)ビスポーク(Bespoke):顧客と職人が対話(Be spoken)しながら、採寸・型紙作成・縫製を経て、その人のためだけに最高のモノを仕立てる「完全オーダーメイド」のこと。既製品(Ready-made)の対義語であり、スーツや靴、近年ではオフィスや美容外科など幅広い分野で用いられる。
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