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「リーズナブル」・私たちの暮らしを操る魔法のさじ加減 - - 言葉の遊悠エッセイ

 買い物や、ランチ、あるいは週末の旅の計画をふと考えたとき、頭の中をよぎる言葉は何でしょうか?

 「リーズナブル」。

 この言葉は、まるで私たちの消費行動を優しく包み込むブランケットのようではありませんか。

 誰もが「リーズナブル」という太鼓判が押された商品やサービスに手を伸ばしたくなります。
 なぜなら、私たちは本能的に「賢い消費者」でありたいと願っているからです。

 しかし、立ち止まって考えてみてください。
 この「リーズナブル」という言葉、本当に「安い」という意味でしか使われていないのでしょうか?


語源という名のタネ明かし

 この言葉の深部に潜るために、まずはルーツから探ってみましょう。

 「リーズナブル(reasonable)」は、英語の「reason(理性、道理)」から派生しています。

 つまり、直訳すれば

  「道理に適った」
 とか
  「筋が通っている」
といった意味になるのです。

 ここがミソなのです。

 「安価であること」は、あくまで「道理に適っている」ことの一つの結果に過ぎないのです。

 たとえば、100円のペットボトル飲料は安い。
 でも、砂漠のど真ん中で喉がカラカラのとき、目の前に現れた自動販売機のペットボトルが300円だったら、どうでしょう?
 「ちょっと高いな」とは思うかもしれません。

 しかし、「この場所、この状況なら、300円でもやむを得ない、道理に適っている」と判断するのではないでしょうか。

 この時の300円こそが、実は本質的な意味での「リーズナブル」なのです。

 価格だけではなく、状況、品質、手に入るまでの手間、さらには「それを手に入れたときの満足度」といった、目に見えない価値が天秤に乗せられているのです。


変幻自在、「リーズナブル」の仮面

 私たちの日常で「リーズナブル」は、実に様々な仮面を被って登場します。

価格の仮面
  「このお店、ランチが1,000円でドリンクバー付き。すごくリーズナブルだよね!」
  (=価格が安い)

妥当性の仮面
  「彼は、遅刻の理由をリーズナブルに説明してくれた」
  (=理に適った、もっともな)

品質の仮面
  「あのブランドの革製品は、少々値は張るけど、耐久性を考えたらむしろリーズナブルだよ」
  (=価格に対して品質が高い、コスパが良い)

 特に日本で普及した「安さ」を意味する「リーズナブル」は、まさに言葉のコスプレと言えるでしょう。

 本来の「理性」という名のスーツを脱ぎ捨てて、手軽な「安さ」というTシャツに着替えて、私たちの暮らしに溶け込んでいるのです。

 ちなみに、英語圏のネイティブスピーカーに「Is this shirt reasonable?(このシャツはリーズナブル?)」と聞くと、「着るのに相応しいTPOか?」というニュアンスで捉えられて、「デザインが派手すぎないか」といった妥当性について返答される可能性があるそうです。

 価格のことは、"Is it a good price?"(良い値段か?)と聞くのが一般的で、私たちが使う「安い」という意味合いは薄いのだそうです。


時に飛び出す、奇妙な使い方

 そんな「リーズナブル」ですが、たまに「あれ?」と思わず首をかしげるような、変わった使われ方に出会います。

 先日、ある食通の知人が、超高級フレンチの感想を熱く語っていました。

  「あの店、一皿に芸術が凝縮されていて、一見とんでもない値段なんだけどさ。あのシェフの技術、空間の美学、ホスピタリティを考えたら、逆にリーズナブルなんだよ!」

 「逆にリーズナブル」!この矛盾をはらんだ表現は、価格の絶対値がすでに麻痺している状態を表しています。
 そこにあるのは、もはや「安い」という意味ではなく、「この価格でなければ、この体験は成立しない」という、極限の価値と価格の均衡点への賛辞なのです。

 これは、私たちが「安さ」の呪縛から解き放たれて、「価値」を判断基準に置いたときに初めて飛び出す、究極の「リーズナブル」の使い方でしょう。


私たちの秤(はかり)を持つということ

 「リーズナブル」という言葉は、私たち一人ひとりが心の中に持つ、「価値の秤(はかり)」の存在を教えてくれます。

 その秤は、単に「お札の枚数」を測るものではありません。
 片方には「価格」という重りを、もう片方には「満足」「時間」「体験」「安心」といった、目に見えない「理性」の重りを乗せて、私たちは日々、そのバランスを測っています。

 リーズナブルな選択とは、その秤が傾いたときに、「よし、これは釣り合っている」と、自分自身が納得できる決断を下すこと。
 つまり、他人の価値観ではなく、自分の「理性」に照らして「筋が通っている」と感じられることなのです。

 あなたの秤は、今、どちらに傾いていますか?

 この言葉を通して、あなたの消費行動が、より主体的な「価値判断」に満ちたものになることを願ってやみません。

 そして、その判断に、ちょっぴりのユーモアと軽やかさが加われば、人生はきっと、もっと奥深い「リーズナブル」に彩られることでしょう。


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