「トランプ」、世界で通じない「切り札」をポケットに - - 言葉遊びの遊悠エッセイ
私たちは壮大な「誤解」をポケットに入れて持ち歩いています。
4つのマークに、赤と黒の数字。誰もが知っているあのゲームの道具を、私たちは「トランプ」と呼びます。しかし、英語圏で「Let's play trump!」と言っても、誰一人カードを配ってはくれません。なぜなら、私たちが当たり前のように使っているその言葉は、世界標準の英語ではないからです。
海外の友人とカードゲームを楽しみたいなら、正しくは「playing cards」と言う必要があります。では、なぜ日本の私たちは、あの長方形の紙片を頑なにトランプと呼び続けているのでしょうか。そこには、明治時代の日本人が仕掛けた、ちょっと愛らしい「言葉の迷子」の歴史がありました。
時計の針を、文明開化の音が響く明治へと戻してみます。
当時の日本には、欧米から新しい文化が怒涛の勢いで流れ込んできていました。その中に、近代的なプレイング・カードもありました。おそらく、居留地に住む外国人たちが、テーブルを囲んでそのカードゲームに興じていたのでしょう。
彼らはゲームが佳境に入ると、熱を帯びた声でこう叫びました。
「トランプ(Trump)!」
これを見ていた日本人は、目を輝かせたに違いありません。
「なるほど、あのハイカラな紙の玩具は、トランプという名なのか」と。
しかし、これは大いなる勘違いでした。
英語の「trump」とは、カードそのものの名前ではなく、ゲームの勝敗を左右する「切り札」を意味する言葉だったのです。野球でバットを見た人が「これはホームランという道具だな」と思い込んでしまったようなものでしょう。
アクションの言葉が、いつの間にか道具の名前にすり替わる。このダイナミックな誤認がそのまま定着して、日本の「トランプ」が誕生しました。
実はそれより遥か昔、室町時代にはポルトガル船によって「カルタ」が伝わっています。しかし、江戸時代の幕府は賭博を警戒し、度重なる禁止令でそれを地下へと追いやったのです。
そんな冬の時代を経て、明治の世にカードは日本の表舞台へと、鮮やかに復活を遂げました。「トランプ」という、ちょっぴりお洒落な誤認の名称をまとって。
1902年には、後に世界のゲーム王となる任天堂が、日本初の国産トランプの製造を始めました。こうして誤解から始まった言葉は、完全に日本の家庭の団らんへと溶け込んでいったのです。
ここで少し、視点を変えてカードの数字に目を向けてみましょう。トランプのセットを眺めていると、時折、精緻な時計の歯車を見ているような気分になります。
4つのマークは、春夏秋冬の4つの季節。そして、それぞれのマークにある13枚のカードは、各季節の「13週」を表していると言われています。
4つのマークに13枚ずつ、すべてを足すと52枚。これは、1年が52週であることと完全に一致します。
さらに面白いのは、ここからの数学的な悪戯です。
カードの数字、1から13までをすべて足してみてください。「91」になります。これを4つのマーク分、つまり4倍すると「364」になりますね。
ここに、世界をあざ笑うかのように佇む「ジョーカー(道化師)」の1点を足すと、どうなるか。そう、365。1年の日数になるのです。
私たちは、世界の縮図であり、カレンダーそのものである精巧なシステムを、手のひらでシャッフルしていたわけです。
そんな歴史や構造の重みを知ってか知らずか、日本の若者たちは夜な夜な「大富豪」というゲームに興じます。
マーク(紋章)は、中世ヨーロッパの階級を表しているという説が有力です。スペードは剣を持つ「騎士」、ハートは聖杯を持つ「聖職者」、ダイヤは貨幣を持つ「商人」、クラブは棍棒を持つ「農民」。
本来なら、農民のカードは最も弱く扱われるはずでした。ところが、日本の「大富豪」のルールには、奇妙な逆転劇が組み込まれています。「革命」が起きると、それまで最強だった数字の力関係が真逆になる。最弱だった農民のが、突如として世界を支配する強者に躍り出るのです。
言葉を誤解した日本の私たちは、そのルールさえも、独自の「下克上システム」へと勝手に作り替えて楽しんでいます。ヨーロッパの貴族たちが聞いたら、目を丸くするかもしれません。
さて、このあたりで私たちの日常、特にビジネスの現場へ視線を戻してみましょう。
言葉の誤解から生まれ、独自の文化として花開いた日本のトランプ。本来の意味である「切り札(trump)」という言葉を、私たちは仕事の中で正しく使えているでしょうか。
ビジネスにおける本当の切り札とは、最初から手札として配られている強力な武器。例えば「潤沢な資本や、誰もが羨む人脈」だけを指すのではないような気がします。
手元にあるのは、どこにでもある平凡なカードかもしれない。けれども、ゲームの流れを読み、出すタイミングを変える。あるいは「解釈の文脈」をガラリと切り替える。これによって、ただのカードを誰も予期しなかった「切り札」へと変えてしまう。
それこそが、現代のビジネスパーソンに求められる本当のセンスではないでしょうか。
明治の日本人が、外国人の叫び声から新しい文化の扉を開いたように。手元にあるカードをどう呼び、どう使うか。それはすべて、私たちの言葉と解釈の自由さに委ねられています。
もし引き出しの奥から古いトランプを見つけたら、その表面を優しい目で見つめてみてください。
そこには、100年前の誰かの愛すべき勘違いと、世界をひっくり返すための小さなヒントが、静かに眠っているはずです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!