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パソコン以前・トランジスタという「小さな結晶」が起こした大革命 - - パソコン黎明期の記憶

 1940年代の半ば、世界最先端のコンピュータが置かれた部屋に常備されていたのは、ドライバーでも万能メーターでもなく、なぜか「ハエタタキ」でした。

 部屋の一面を埋め尽くす、1万8千本もの真空管。強烈な熱とあたたかなオレンジ色の光に吸い寄せられた羽虫たちが、回路の隙間に飛び込みショートを起こす。文字通りの「バグ」を取り除くため、技術者たちは絶えず虫と焦げた真空管を探し回っていたのです。

 当時の電子計算機は、いわば「巨大な温室」でした。計算する時間よりも、故障した真空管を探して差し替える時間の方が長い。どれほど美しいロジックを組んだところで、足元のハードウェアが数時間と持たないのですから、当時の現場の落胆は想像に難くありません。計算機をこれ以上大きく、速くしようとすればするほど、故障の確率が跳ね上がるという物理の壁。
 この閉塞感を一気に突き破ったのが、ガラス管を飛び出した「小さな石の結晶」でした。


真空を飛ぶ電子から、結晶をすり抜ける電子へ

 1947年12月、アメリカのベル研究所で歴史が動きます。ウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンの3人が生み出した「トランジスタ」の誕生でした。

 真空管は、ガラス管の中をカラにして、熱した金属から電子を空間へ飛び出させることでスイッチのオン・オフを制御していました。だからどうしても加熱用のフィラメントが要るし、ガラスは割れるし、熱も持つ。

 これに対してトランジスタは画期的でした。何も存在しない真空ではなく、「ゲルマニウムやシリコンといった固体の内部」で電子をコントロールしたのです。これはいわゆるソリッドステート、固体物理学の勝利でした。

 ガラス管の中で電子を飛ばすのをやめて、シリコンの結晶格子の中を電子に潜り抜けさせる。考え方を変えただけで、あんなに熱かったデバイスからヒーターが消え、指先よりも小さなサイズに収まってしまった。可動部もなければ焼き切れるフィラメントもない。物理的な磨耗が存在しないという事実は、計算機の信頼性を文字通り天文学的な数値へと引き上げたのです。


寄生容量からの解放と、処理速度の跳躍

 技術者たちを狂喜させたのは、サイズと耐久性だけではありませんでした。動作スピードの次元が変わったのです。

 真空管の時代、素子と素子とを繋ぐ配線は長くなり、回路のそこかしこに余計な「寄生容量(浮遊容量)」が溜まっていました。電気を流そうとしても、この目に見えない小さなコンデンサたちが邪魔をして、信号の立ち上がりが鈍くなってしまう。

 トランジスタによって回路がミリメートル単位まで小さくなると、この配線にまとわりつく雑味が綺麗に消え去りました。クロック信号を上げたときに波形が崩れない。結果として、計算速度はミリ秒(1,000分の1秒)の領域から、マイクロ秒(100万分の1秒)の領域へ一気に躍進します。

 この素晴らしい発明の裏にあった人間模様にも、なかなか味わい深いものがあります。

 理論家のショックレーは、実験を進めて最初に現象を捉えたバーディーンとブラッテンの成果に激しい対抗心を燃やしました。自分抜きで特許が出されることに憤慨して、独り部屋にこもり、より構造的に優れ実用的な「接合型トランジスタ」の理論を完璧に組み上げたと言われています。それもわずか数ヶ月で。
 天才たちの執念と嫉妬が入り混じったドロドロとしたエネルギーが、結果としてこの技術革新を爆発的なスピードで推し進めたわけです。


怪物たちがオフィスへ降りてきた日

 トランジスタの登場は、コンピュータの置き場所を根底から変えてしまいました。

 ビルの一階分を丸ごと占有し、専用の冷却プラントを必要としていた怪物たちが、少し大きなオフィス家具くらいのサイズに収まり始める。1960年代に入ると、IBMをはじめとするメーカーがトランジスタベースの商用計算機を次々と投入しました。大学の極秘研究室や軍の施設から、一般企業の経理部や工場へと計算機が広がっていったのです。

 熱を出さず、めったに壊れず、整然と並んで黙々と計算をこなすブラックボックス。私たちがイメージする「現代のITインフラ」の原型は、まさにこの瞬間に立ち上がりました。

 機械の都合に人間が振り回されていた時代から、人間のビジネスの都合に合わせられる機械へ。計算機が本当の意味で実用的な道具になったのは、間違いなくこの小さな結晶のおかげでした。


集積という次の静かな狂気へ

 トランジスタのおかげで、計算機は部屋を抜け出し、机の横に置けるまで小さくなりました。これで万事解決――とはいかないのが、テクノロジーの面白くも恐ろしいところです。

 数千個、数万個とトランジスタを並べて複雑な処理をさせようとしたとき、今度は「それらを繋ぐ無数の銅線をどうやって人間がハンダ付けするのか」という新たな壁が立ち塞がります。いわゆる配線の迷宮です。

 個体のトランジスタを綺麗に並べる時代の終焉。そして物語は、それらの素子や配線そのものを、一枚のシリコンの板の上にまとめて「印刷」してしまうという、集積回路(IC)の時代へと滑り込んでいきます。

 熱を克服した電子たちは、次はいよいよ、目に見えないほどミクロな基板の迷宮へとその住処を移していくことになるのです。



【徒然メモ】トランジスタの発明とコンピュータの小型化・高性能化

1. 発明と技術革新(真空管からの脱却)

 (1)真空管の限界
  ENIACなどの初期大型コンピュータは数万個の真空管を使用していたため、巨大(部屋一面)、大量の発熱、頻繁な球切れ(障害)が日常茶飯事だった。

 (2)トランジスタの発明(1947年)
  ベル研究所のショックレー、バーディーン、ブラッテンによって発明される(1956年ノーベル物理学賞)。
  半導体(シリコンやゲルマニウム)を利用したスイッチング・増幅機構により、機械的・熱的な機械的摩耗やフィラメント切れが発生しない画期的なデバイスとなった。

 (3)圧倒的な物理的メリット
  真空管に比べて小型(指先サイズ)、省電力、低発熱、高寿命。


2. コンピュータの世代交代(第2世代への進化)

 (1)第2世代コンピュータの登場(1950年代後半〜)
  真空管を用いた「第1世代」から、トランジスタを採用した「第2世代」へ移行。
  処理速度がミリ秒(1,000分の1秒)単位からマイクロ秒(100万分の1秒)単位へと大きく飛躍した。

 (2)信頼性と稼働率の爆発的向上
  真空管時代は「計算時間より修理時間の方が長い」と言われるほどだったが、トランジスタ化により長時間連続稼働が可能になり、商用利用や科学技術計算の本格化を支えた。


3. 「集積回路(IC・LSI)」への発展と高密度化

 (1)トランジスタ同士を繋ぐ限界(スモール・タイラニー問題)
  トランジスタ単体を大量にはんだ付けして配線する方式では、配線ミスや接続不良が増加し、小型化に限界(配線の迷宮)が生じた。

 (2)IC(集積回路)の発明(1950年代末〜1960年代)
  ジャック・キルビーやロバート・ノイスらにより、1つのシリコン基板上に複数のトランジスタや抵抗・コンデンサをまとめて組み込む「IC」が誕生。

 (3)モジュール化とさらなる高密度化
  IC(集積回路)からLSI(大規模集積回路)へと集積度が高まり、のちの1チップCPU(マイクロプロセッサ:Intel 4004など)誕生への直接的な道筋がつくられた。


4. 産業・社会・ビジネスへの影響(普及期)

 (1)「科学用」から「オフィス・一般ビジネス」へ
  巨大な国家プロジェクトや大学の研究室専用だった計算機が、企業の基幹システムやデータ処理用としてビルの一室・オフィスに置けるサイズ(メインフレーム)に収まるようになった。

 (2)IBM System/360の衝撃(1964年)
  トランジスタ技術をベースとした汎用小型モジュール(SLT)を採用し、ビジネスから科学計算まで同一アーキテクチャで動くコンピュータとして世界中でベストセラーとなった。

 (3)ラジオや身近な製品の小型化という前兆
  電子計算機に先立ち、「トランジスタラジオ」や「卓上計算機(電卓)」が普及したことで、一般の人々にも「電子機器が手元に置けるほど小さくなる」という未来感が提示された。


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・電卓と計算機の歴史と技術的進化


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