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絵筆という名の魔法の杖 - - 道具と文具の遊悠エッセイ

    最後に絵筆を握ったのはいつでしょうか。
 小学校の図工室、バケツの中の濁った水。そんな遠い記憶の隅にある筆たちが、実は今も進化を続けているのです。

    もしあなたが「絵心なんてない」と諦めているなら、それは才能のせいではなく、筆選びのせいかもしれません。
 道具一つで、水の動きが変わる。その快感を知るだけで、日常の景色はもっと鮮やかになるかもしれません。


 絵筆という道具をじっと見つめてみると、そこには「野生」が隠れていることに気づきます。
 かつて洞窟に壁画を描いた先人たちは、手近な獣の毛を束ねて、自分たちの物語を刻みました。
 それから数千年。ハイテクな合成繊維が登場してもなお、私たちは馬やイタチ、豚の毛を求めて止みません。

 筆の歴史は、少しばかり残酷で、それ以上に情熱的なのです。
 フェルメールが美しい青をキャンバスに置いたとき、その手元にあったのは、誰かが丁寧に選別し、束ねた「命の欠片」でした。
 現代の私たちが手にする100円のナイロン筆も、その血筋を引いています。


 筆たちには、それぞれ個性豊かな「生態」があります。

 例えば、水彩画で愛される丸筆。彼らは水を飲むと、ふっくらとお腹を膨らませ、先端だけをシュッと尖らせます。まるでお辞儀をするようなその姿は、変幻自在の魔術師のようです。

 一方で、油絵に使われる豚毛の平筆は、もっと頑固で力強い。粘り気のある絵具をグイグイと押し広げる姿は、整地を行う重機のようでもあります。

 面白いのは、扇型をした「ファンブラシ」です。一見すると使い道に困る形をしていますが、境界線をぼかしたり、霧のような質感を出したりする「空気の演出家」なのです。あえて絵を描かない、ただ撫でるためだけに存在する筆があるなんて、贅沢だと思いませんか。


 高い筆と安い筆、何が違うのでしょうか。
 一言で言えば、それは「復元力」という名のプライドの差かもしれません。1万円のセーブル筆は、どんなに激しく動かしても、紙から離れた瞬間にピシッと元の形に戻ります。その迷いのなさが、描き手の迷いを消してくれるのです。

 100円の筆が劣っているわけではありません。安価な筆には「汚す勇気」という最強の武器があります。わざと根元まで絵具を固まらせて毛先を割らし、カサカサした掠れを描く。そんな大胆な冒険は、高価な筆では躊躇してしまいますから。


 使い終わった筆を洗う。それは「毛並みを整える儀式」なのです。石鹸で根元まで丁寧に洗い、指先で形を整えてあげる。そうして乾いた筆は、次に宿る新しい表現のために、静かに呼吸を整えているように見えます。

 完璧な技術など必要ないのです。
 ただ、その日の気分に合った「毛並み」を選び、紙の上で遊ばせてみる。

 そんな時間が、忙しない日常に小さな余白を作ってくれるはずです。



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