「風来坊」、風の靴を履く根無し草 - - 言葉遊びの遊悠エッセイ
朝、窓を開けた瞬間にふっと入り込んでくる風。
春の生暖かい湿り気だったり、冬の刺すような透明感だったり。
それはいつも勝手にやってきて部屋の空気をかき回し、気がつけば窓の向こうへ去っています。
そんな風のような振る舞いをする人間を、私たちはいつからか
「風来坊」
と呼ぶようになりました。
この言葉の響きには、どこか不思議な愛嬌があります。
「風来」というどこか超然とした現象に、「坊」という、いたずらっ子や愛すべき愚か者を指すような接尾語がくっついている。
まるで、捕まえようとしても指の間をすり抜けていく、いたずら好きな妖精を名指ししたような名前なのです。
そもそも「風来坊」という言葉を辿ってみると、江戸時代の空気がふわりと漂ってきます。
語源は、文字通り「風に吹かれてやってきた者」。
特定の住所も持たず、これといった生業にも縛られず、ふらりと現れては世間を賑わせる。
そんな人を、少しの警戒と、それ以上の親しみとを込めてそう呼びました。
歴史に名を残す風来坊といえば、やはり平賀源内を外すわけにはいかないでしょう。
彼は自らを「風来山人」と称しました。
エレキテルをいじり、土用の丑の日にウナギを食べる習慣を広め、浄瑠璃を書き、西洋画の技法を取り入れる。
ひとつの型に収まることを極端に嫌ったその生き方は、当時の人々からすれば、まさに「どこから吹いてきたのか分からない風」そのものでした。
現代でいえば、彼は間違いなくアントレプレナーであり、エンジニアであり、そして稀代のコピーライターでもあったはずです。
ひとつの肩書きに固執しないその生態は、実は、生存戦略としても極めて高度なものだったのかもしれません。
さて、ここで少し視点を変えてみましょう。
風来坊とは人間という個体ではなく、ある種の「気象現象」ではないかと思うことがあります。
例えば、停滞したプロジェクトの会議室に、外部からふらりとやってきたコンサルタントや、助っ人のエンジニアが一人加わる。
彼らは組織の力学やこれまでのしがらみを全く無視して、とんでもない正論や、あるいは突拍子もないアイデアを放り投げます。
その瞬間、淀んでいた場の空気が一気に動き出す。
彼らが去った後には、少しの混乱と、それを上回る清涼感が残る。
これはもう、人間というよりは、局地的に発生した低気圧のようなものです。
風来坊が通った後には、必ず新しい情報の種が落ちています。
彼らはあちこちを移動しながら、知らず知らずのうちに情報のハブ、あるいは文化の受粉者としての役割を果たしている。
江戸時代の街道をゆく風来坊が最新の流行を地方へ運んだように、現代の風来坊たちもまた、組織の壁を越えて知恵を運び続けているのです。
現代において、この生態は形を変えて生き残っています。
よく耳にする「ノマド」という言葉。
これは遊牧民を意味しますが、風来坊とは似て非なるものです。
ノマドは、家畜の餌となる草を求めて合理的に移動します。いわば「糧」に従順な人々なのです。
対して、風来坊の移動には、必ずしも合理性があるとは限りません。ただ「風が吹いたから」という、極めて直感的な動機で動いています。
「気まぐれ」という性質も、風来坊を読み解く重要な鍵です。
ビジネスの現場では嫌われがちな言葉ですが、これは「直感に対する誠実さ」と言い換えてもよいのかもしれません。あるいは、予定調和を壊す勇気、と言い換えてもよいかもしれません。
そして「自由人」。
彼らは何からも自由なのではなく、むしろ「自分自身の好奇心」という、最も厳しい主人に仕えている人々なのかもしれません。
特定の組織に定住しない代わりに、彼らは常に、自分という個体が世界とどう繋がっているかという緊張感の中に身を置いています。
その引き締まった精神性は、今の変化の激しい時代において、案外、最強のバックアッププランになるのかもしれません。
私たちは、いつの間にか「定住」や「安定」という言葉に過剰な信頼を置きすぎていたのかもしれません。
しかし、どんなに堅牢なビルを建てても、空気の入り口がなければ、中の人は窒息してしまいます。組織も、個人のキャリアも同じです。
たまには、自分の中に「風来坊」を招き入れてみる。
あるいは、自分自身が誰かにとっての風来坊になってみる。
いつもの通勤路を一歩外れて、目的のない散歩に出る。
それだけで、私たちの内側にある「風の通り道」が掃除されるような気がします。
風来坊は、どこにでもいけます。
そして、どこにでもいけるということは、どこにでもいなくていい、ということでもあります。
その身軽さが、今の私たちには少しだけ足りていないのかもしれません。
明日、もしあなたのデスクに心地よい風が吹き込んだなら、それは新しいアイデアの訪れかもしれません。
あるいは、どこかの風来坊が落としていった、新しい生き方の招待状かもしれません。
風は、吹きたいときに吹く。
私たちも、それでいいのかもしれませんね。
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