見出し画像

パソコン以前・リレー式計算機が教える過渡期のイノベーション - - パソコン黎明期の記憶


静寂を破るカチカチという鼓動

 プログラムが思い通りに動かないとき、私たちは当たり前のように「バグが出た」と言います。
 このIT業界の日常用語が、かつてコンピュータの隙間に挟まっていた「本物の蛾」に由来することを知っていますか。

 1940年代のアメリカ。ハーバード大学に設置された巨大な計算機「Mark II」の調子が悪くなった際、技術者が原因を探ると、そこには文字通り虫が挟まっていました。
 彼らはその蛾をピンセットでつまみ出し、業務日誌にセロハンテープで貼り付けて、「バグが発見された」と書き残したのです。

 なぜそんな場所に虫が入り込んだのか。
 当時の最先端計算機は、現在のスマートフォンやパソコンのように静かでも、コンパクトでもありませんでした。それは、部屋中に「カチカチカチ・・・」という、まるで巨大な機織り工場かタイプライターが一斉に動いているような、凄まじい物理的な音を響かせる怪物だったのです。

 この音の正体こそが、電磁石で金属の接点を物理的に動かすスイッチ、すなわち「リレー(電磁継電器)」でした。
 電気の力を借りながらも、まだ中身は機械という、デジタル前夜の独特な熱気がそこにはあったのです。


歯車から電気へ、0と1が獲得した自由

 リレー式計算機が登場する以前、計算の本質は「物質の形」に縛られていました。そろばんであれ、机の上の機械式計算機であれ、あるいは当時の高度なアナログ計算機であれ、数値を表すのは常に歯車の回転角度やレバーの位置といった、連続する物理的な量だったのです。

 しかし、リレーという部品の参入によって、計算の概念はガラリと姿を変えます。リレーができることは、電流を流してスイッチを「入れる(ON)」か、電流を止めて「切る(OFF)」か、そのどちらかしかありません。

 この、極めて単純な二者択一の仕組みが、現代のコンピュータの根本である「2進法」と完全にシンクロしました。すなわち、ONを1、OFFを0とするデジタル論理回路の誕生です。

 この転換がもたらした歴史的意義は、どれほど強調してもしすぎることはありません。なぜなら、歯車という物理的な制約から解放されたことで、計算は「電気の信号」という目に見えない情報へと昇華したからです。
 本体の構造をいちいち改造しなくても、穴を開けた紙テープ(プログラム)を読み込ませるだけで、全く別の計算を自動で行える。現代のパソコンが持つソフトウェアの思想は、このカチカチと鳴り響くリレーの部屋で、すでに完成していました。


日独の天才たちが紡いだ過渡期のドラマ

 この時代、世界のあちこちで時代を先取りしようとした異才たちがいました。

 まず目を向けるべきは、第二次世界大戦下のドイツにいたコンラート・ツーゼでしょう。
 彼は国家の潤沢な資金援助を受けることもなく、孤立無援の環境で、航空機の設計計算を自動化しようと試みていました。
 物資が決定的に不足する中、彼が目をつけたのが、廃棄された電話交換機のリレーでした。これらを自宅の既製品と組み合わせ、1941年に完成させた「Zuse Z3」は、世界初のプログラム可能な全自動デジタル計算機として歴史に名を刻むことになります。
 アメリカが総力を挙げて作った巨大な「Harvard Mark I」とほぼ同時期に、一人の男の執筆机の上で、同じ思想が花開いていた事実は痛快です。

 一方、戦後間もない日本でも、これに劣らないドラマが進行していました。富士通の技術者であった後藤憲一らが挑んだ、国産計算機の開発です。

 当時の日本は、最先端の「真空管(電子式)」の品質が極めて悪く、通電してもすぐに焼き切れてしまう状況でした。アメリカの真空管式計算機が目覚ましい速度を叩き出すのを見上げながら、富士通のチームはある割り切りを見せます。それなら、国内で十分に信頼性が確立されている、電話交換機用のリレーを使って計算機を作ろう、と。

 そうして1956年に誕生したのが「FACOM 128A」です。
 当然、物理的に金属が動くリレー式は、電子の速度で動く真空管式に比べれば圧倒的に遅い。しかし、富士通の技術者たちはここに「自己チェック回路」という独自の仕組みを組み込みました。万が一、リレーにゴミが挟まって計算を間違えそうになると、ハードウェア自らがそれを検知し、瞬時にリレーを逆回転させて計算をやり直すのです。

 「計算速度は遅いが、絶対に間違えない」

 この驚異的な信頼性を備えたマシンは、当時の日本の飛行機設計やレンズ計算を支え、日本のものづくりを裏側から牽引しました。技術的に最先端ではなくとも、設計思想の工夫で実用性を極限まで高めてみせたのです。


真空管に敗北した、しかし現代の設計図となった教訓

 リレー式の時代は、驚くほど短命でした。1940年代に全盛期を迎えたものの、50年代後半には、真空管やトランジスタを用いた圧倒的に高速な「電子式」の波に飲み込まれ、主役の座を追われることになります。

 ビジネスの歴史や、単なるスペックの競争という冷徹な視点で見れば、リレー式は淘汰された過去の遺物に過ぎないのかもしれません。しかし、そう切り捨ててしまうのは間違いなのかもしれません。

 現代の多くの企業が、DXという大号令の下で「最新のAI」や「最先端のクラウドシステム」の導入に躍起になっています。ですが、巨額の投資をして最新システムを入れたものの、組織の動かし方や業務のプロセス(思想)が古いまま、宝の持ち腐れになっているケースは少なくありません。

 リレー式の時代が私たちに教えてくれるのは、その真逆のアプローチです。
 彼らは、手元にある使い古された技術(リレー)を使いながらも、次世代の『概念(ソフトウェアの設計思想)』を完全に先取りして構築しました。アーキテクチャの骨組みを古い技術でしっかりと検証していたからこそ、その後に真空管や半導体という本命のハードウェアが登場したとき、デジタル革命は爆発的なスピードで進むことができたのです。

 「未成熟な最先端に飛びつくよりも、枯れた技術を使って、新しい時代の思想を先に完成させる」

 カチカチと音を立てて動いていたリレー式計算機は、単なる電子化への踏み台ではありません。それ自体が、激しい技術の過渡期を生き抜くための、洗練されたイベーションの戦略そのものだったのです。



【徒然メモ】リレー式計算機の歴史的意義と仕組み

 「電気機械式計算機(リレー式)」の時代は、歯車を使った純粋な機械式計算機から、後の電子式(真空管やトランジスタ)へと至る、まさに「アナログからデジタルへ」の過渡期に位置する重要な1ページです。

1. 時代背景と技術的メカニズム(そもそもどんなもの?)

 純粋な「歯車」の限界を「電気」で超えようとした時代です。1930年代後半から1940年代にかけて全盛期を迎えました。

 ・リレー(電磁継電器)が主役
  スイッチのオン/オフを電気信号で切り替える「リレー」という部品が使われました。電流が流れると電磁石が働き、物理的な接点が「カチッ」と動いて回路を切り替えます。

 ・「カチカチ」という動作音
  何千、何万というリレーが同時に動くため、稼働中の計算機室はまるで巨大な機織り機やタイポグラフィ(タイプライター)が一斉に動いているような、凄まじい「カチカチ音」に包まれていました。

 ・2進法(デジタル)の確立
  物理的な歯車の「回転角(10進法など)」で数値を表していたアナログ・機械式の時代から、スイッチのON/OFFという「0と1(2進法)」で処理を行う、現代のデジタル計算機の基礎がここで明確に定義されました。


2. 歴史を動かした代表的な計算機(どんなマシンがあった?)

 この時代、アメリカ、ドイツ、そして日本でも独創的なリレー式計算機が誕生しています。

 ・Zuse Z3(ドイツ / コンラート・ツーゼ / 1941年)
  世界初の「プログラム可能で全自動のデジタル計算機」と言われています。約2,000個のリレーを使い、2進法を採用していました。

 ・Harvard Mark I(アメリカ / ハワード・エイケン&IBM / 1944年)
  全長約15m、重量約5トンという巨大な電気機械式計算機。アメリカ海軍の弾道計算などに使われました。

 ・FACOM 128A(日本 / 富士通 / 1956年)
  日本のコンピュータのパイオニアです。高度な自己チェック機能を備え、「絶対に計算を間違えない」と言われたほどの信頼性を誇りました。驚くべきことに、現在でも動態保存(実際に動く状態での保存)されています。


3. 機械式や電子式(真空管)との違い(何が優れ、何が限界だった?)

 前後の時代と比較することで、リレー式のポジションがはっきり見えてきます。

 ・機械式との違い(速度と自動化)
  人がハンドルを回したり、複雑な歯車を連動させたりする限界を突破。電気信号による「プログラムによる自動計算」が可能になり、計算速度が飛躍的に向上しました。

 ・真空管式との違い(速度と信頼性)
  直後に登場する「ENIAC」などの真空管式(電子式)に比べると、物理的に金属が動くリレー式は圧倒的に遅かった(リレーは1秒に数十回、真空管は1秒に数万回以上のスイッチングが可能)。しかし、真空管のようにすぐ焼き切れることがなく、当時の技術としては「リレー式の方が圧倒的に壊れにくく信頼性が高い」とされていました。


4. 現代のIT・ビジネスへのつながり(今にどう活きている?)

 ただの過去の遺物ではなく、現代のコンピュータの「設計図」はここで完成しました。

 ・バグ(Bug)の語源
  Mark IIというリレー式計算機に蛾(本物の虫)が挟まって誤作動を起こし、それを技術者が日誌に「バグが発見された」と貼り付けたのが、現代のシステム不具合を指す「バグ」の語源の1つとされています。

 ・プログラミング思想の誕生
  穴を開けた紙テープなどで命令を読み込ませる方式が定着し、「ハードウェア(計算機本体)を変えずに、ソフトウェア(命令テープ)を入れ替えて別の計算をさせる」という、現代のパソコンと同じ概念が確立されました。



関連記事

・電卓と計算機の歴史と技術的進化


書籍の紹介

・僕らのパソコン 30年史 ニッポン パソコンクロニクル Kindle版
 SE編集部 編集
 翔泳社(2012/12/20)
 写真で振り返る、ニッポンのパソコン歴史教科書。30年以上を通して変化したパソコンを2部構成で、写真を多用し世相にも触れながら、時間の流れの中で大きな変化をわかりやすく解説。第1部を年代ごとのトピックの解説にあて、当時の開発者や関係者への「証言(ターニングポイント)」を盛り込み、開発秘話などを明らかにしている。第2部では、PCアーキテクチャなどをテーマごとにまとめている。
( ※ 書籍の解説等は原則としてリンク先(Amazon)における解説をベースに記載しています。詳細内容はリンク先を参照願います。)

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


いいなと思ったら応援しよう!

Tom.Msn よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!