見出し画像

【ショートショート】ある天地創造の物語

 神話は好きですか?

 壮大な天地創造の物語を読むと、不思議な感覚に包まれます。

 たとえば、日本の神話「古事記」。

 初めに世界が生まれた時のこと、まだ天も地もなく、宇宙は混沌だったと言います。やがて、その中からフワフワと漂うものが昇り、重いものが沈んで、天と地が分かれました。
 そして、そこに最初の三柱の神々、つまり造化三神が現れたのです。

 そんな天地創造の、とある一幕をご覧ください。

 遥か、遥か、時間さえも存在しない、ただひたすらに広がる虚無の空間がありました。

 そこには、光も音もなく、形あるものなど何一つとして存在しません。ただ、液体とも気体ともつかない「カオス」が、その広大な虚空を埋め尽くしているばかりです。
 そう、まるで深海に漂う濃密な霧、あるいは朝靄に霞む広大な湖面のようでもありました。

 そのカオスの中で、ゆっくりと、しかし確実に、変化が訪れます。

 重いものは底へと沈み、軽いものは静かに上昇していく。
 まるで、時間が巻き戻されているかのように、ゆっくりと、しかし着実に、渾然一体だったものが二つに分かれ始めました。
 それは、夜明け前の薄明かりの中、地平線と空とが微かに分かたれる瞬間に似ていました。

 そして、その天地が分かたれたばかりの世界に、静かに、しかし有無を言わさぬ存在感を放ちながら、三つの影が浮かび上がりました。

 この世界の創造主たる三人の神々です。

 彼らは、静かに、しかし好奇心に満ちた眼差しで、眼下に広がるカオスの世界を覗き込みました。

 一人の神が、その手に持っていた光の杖を、軽くカオスの中に差し入れ、ゆっくりと一回転させました。
 するとどうでしょう。それまで単なる不定形だったカオスが、まるで意志を持ったかのように動き出して、渦を巻き、星々が煌めく宇宙の姿に変わっていくのです。
 その光景は、墨を溶かした水に、そっと絵の具を垂らした瞬間の色の混じり合いにそっくりでした。

 三人の神々は、無言で互いの顔を見合わせ、深々と頷きました。
 言葉は要りません。彼らの間には、全てを理解し合った者たちだけに通じる、深い共感が満ち溢れていました。

 彼らの仕事は、これで終わりです。
 始まりの種は蒔かれました。あとは、この生まれたばかりの世界が、自らの力で育っていくのを待つばかりなのですから。

 やがて、三人の神々は、静かにその姿を消しました。

 彼らが去った後には、先ほどまで彼らが覗き込んでいたカオスの世界が、その全貌を現しました。

 そこには、渦巻く銀河、無数の星々、そして、生命の息吹を感じさせる、淡い光を放つ惑星の姿がありました。



 その光景は、どこかのテーブルの上に、ぽつんと置かれた、ごく普通の「コップ」の中にあったのです。

 そう、これは、どこかの誰かの、天地創造の物語。

 もしかしたら、あなたの目の前にある、あのコップの中にも、密かに新しい宇宙が生まれているのかもしれませんよ?


いいなと思ったら応援しよう!

Tom.Msn よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!