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【コミックエッセイ】「喫茶去」・3分間の非効率が、あなたの10年後を救う


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注釈:喫茶去(きっさこ)
 出典は中国の禅書『五灯会元』など。
 唐代の禅僧・趙州が、相手の経験や身分を問わず「お茶を飲んでいきなさい」と等しく接した逸話に由来します。
 本来の意味は、理屈を捨てて目の前の一杯に徹する「無心」の勧め。
 英語では “Help yourself to a cup of tea.” と訳されますが、その真意は “Just be here, now.” に近いかもしれません。

 今の私たちは、まるで砂時計の砂を指で無理やり押し込むように、一分一秒を詰め込んで生きています。
 しかし、ふと鏡を見ると「少年老いやすく学なり難し」という言葉が、笑えない冗談のように胸に刺さることがあるかもしれません。
 知識はスマホで一瞬にして手に入るのに、何一つ自分の血肉になっていないような、あの焦燥感です。

 仕事でトラブルが続き、頭が沸騰しそうな会議でのことです。
 全員が最短ルートの正解を求めて声を荒らげる中、一人のベテランが言いました。
  「まあ、お茶でも飲みましょう」と。
 これが「喫茶去」の現代版でしょうか。

 効率を重んじるビジネスの現場において、手を止めるのには勇気が必要です。
 しかし、一度お湯を沸かし、茶葉が開くのを待つ数分間は、決して「空白」ではありません。
 それは、暴走する脳を一度シャットダウンし、自分というOSを再起動させる儀式のようなものです。

 日本人が「茶の湯」という、まどろっこしい手順を愛したのは、日常の中に「非効率という名の聖域」を作るためだったのでしょう。

 少年老いやすく学なり難し。
 朱熹が嘆いた「学なり難し」の「学」とは、単なる情報の蓄積ではなく、こうした静寂の中で初めて立ち上がる、人生の手触りのことなのかもしれません。

 効率よく詰め込むだけでは、思考は発酵しません。
 お茶を啜り、一息つく。その一見無駄な余白こそが、老いゆく時間を「ただの消費」から「豊かな経験」へと変える魔法の調味料になるはずです。

 さて、次に鳴る通知は少し放っておいて、

  あなたも一杯、いかがですか。


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