「石焼き芋」、魅惑の調べと蜜の記憶 - - 歳時記の遊悠エッセイ
あの声が聞こえてくると、どうして私たちはこうも落ち着かなくなるのでしょう。
遠くの角を曲がったあたりで響く
「いしやーきいもー、おいも。
おいしいおいしい、おいもだよ〜」
という声。
あれは単なる商売の口上というよりも、冬の到来を告げる無形文化遺産のようなものです。
財布を握りしめて玄関を飛び出すか、あるいは「まだ遠いな」とこたつに潜り込むか。
あの数秒間の葛藤こそが、日本の冬の正しい迎え方かもしれません。

そもそも焼き芋屋という存在は、江戸の町の不思議な境界線から生まれました。
時は寛政年間、江戸の町割りを守っていた「木戸番」たちが、その番屋の軒先で副業として始めたのが焼き芋のルーツだといわれています。
木戸番とは、今でいうガードマンのような存在です。
町と町との境目に座り、夜警を行いながら、余った火で芋を焼いた。
つまり、焼き芋は「境界を守る男たち」が、寒さをしのぐついでに町人に分けた福のお裾分けだったわけです。
当時の焼き芋は、今のような石焼きではなく、大釜で蒸し焼きにするスタイルが主流でした。
看板には「栗(九里)よりうまい十三里」なんていう、江戸っ子らしい洒落たコピーが躍っていたといいます。
江戸から川越までの距離が約十三里だったことと掛けているのですが、この計算高いユーモアが、現代の「いしやーきいもー」という旋律の土台になっていると思うと、なんだか愉快な気持ちになります。
屋台の形も、時代に合わせて随分と脱皮を繰り返してきました。
かつては大八車やリヤカーが主流でしたが、昭和の中頃からは軽トラックやミニバンがその役目を引き継ぎました。

あの「いしやーきいもー、おいも!」という独特のリズム、あれには実は物理的な必然性があります。
売り声が長々と引き延ばされるのは、歩く速度や車の低速走行に合わせて、客が家の中から外へ出てくるまでの「猶予」を計算しているからです。
あの節回しは、言わばドップラー効果を計算に入れた、路上専用の通信プロトコルなのです。
最近では録音テープが主流になりましたが、それでもあの哀愁漂うトーンが守られているのは、日本人のDNAがあの周波数を求めているからに違いありません。
かつて木戸番という「境界の守護者」が焼いていた芋は、現代ではスーパーマーケットの入り口という「現代の境界線」に場所を移しました。
スーパーの入り口に置かれた電気式の焼き芋機。
あそこから漂う暴力的なまでに甘い香りに抗える人間など、この世に存在するのでしょうか。
私たちは、かつて路上の神に見出した救いを、今はスーパーの入り口で買い求めているのかもしれません。
芋が黄金色に輝くさまは、それほどまでに神々しいものです。
さて、そんな「聖なる芋」を自宅で再現しようとするのは、一種の背徳感さえ伴う儀式です。
しかし、物理学を味方につければ、家庭のキッチンでもあの黄金色の宇宙を創り出すことは可能なのです。
秘訣は、とにかく芋を急かさないこと。
サツマイモに含まれるベータアミラーゼという酵素がデンプンを麦芽糖に変えるには、50度から60度という「ぬるい地獄」のような温度帯をいかに長く維持するかが鍵となります。
まずは芋をよく洗い、濃いめの塩水に1時間ほど浸けておきます。
これで皮が破れにくくなり、甘みが引き立ちます。
次に、水に濡らした新聞紙(キッチンペーパーでもよい)でミイラのように包み、その上からさらにアルミホイルで厳重にパッキングします。
あとは、190度のオーブントースターで60分焼き、火が通ったらその後30分間その中で放置する。そう、合計90分です。
現代人が最も苦手とする「待つ」という行為こそが、最高の調味料になのです。
オーブントースターから取り出したそれは、手で割ると「パカッ」ではなく「ムギュッ」と音を立てます。
中から溢れ出すのは、湯気と共に放たれる蜜の香り。
それはもはや野菜ではなく、大地が時間をかけて醸造した極上のスイーツです。
こうして書いていると、やはりあの声が恋しくなります。
屋台が消え、スーパーの定位置に収まったとしても、私たちの心の中には、暗がりに灯る屋台の裸電球と、あの煙の匂いが焼き付いています。
今夜あたり、どこかでひっそりと、あの「いしやーきいも」の声が響くかもしれません。
もし聞こえてきたら、靴を左右逆に履いてでも外へ飛び出してみてください。
そこにあるのは、江戸時代から続く、一番熱くて、一番甘い、境界線の向こう側からの贈り物なのですから。
次は、家にある一番大きなサツマイモを、低温でじっくり焼く準備を始めてみませんか。
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