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木内昇『奇のくに風土記』、近藤ようこ『家守綺譚【漫画版】』、サイード『タイガー』…紙魚の手帖vol.26(2025年12月号)書評 三村美衣[ファンタジイ]その1

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.26(2025年12月号)掲載の記事を転載したものです】


 紀州きしゅう藩士の息子・十兵衛じゅうべえは、草花となら自然に語らうことができるのに、人とはうまく交われず、本草学ほんぞうがくを学ぶ塾生の中でも孤立していた。ある日、珍しい草花を探してひとり山に入った彼は、慣れたはずの山中で道に迷い、木の上から降りてきた天狗てんぎゃんに救われる。その際にもらった定家葛ていかかずらを自宅の庭に植えたところ、葛はぐんぐん育ち、庭木を伝って上へ上へとつるを伸ばした。その遙か上方から、蔓を伝って降りてくる人影がある。さては天狗が降りてくるかと思いきや、なんとそれは先に病死した父親で、庭に降り立った彼は、まるで長旅から戻ったかのように十兵衛に話しかけ、悩める彼の背中を推してくれるのだった……。

 いずみ鏡花きょうか賞を受賞した木内きうちのぼる『奇のくに風土記ふどき(実業之日本社 二〇〇〇円+税)は、草花を愛するひとりの青年が、山の自然と超自然に向き合い、師や家族や周囲の人々に助けられ、本草学者としても人としても成長していく様子を描いた幻想時代小説だ。連作短編集であり、巻頭の一篇こそ「天狗」だが、その後は卯木うつぎから蓮華れんげまで全て植物の名前を冠した十五の短篇からなる。滋養や薬効となって人の役にたつ植物と並べられた「天狗」が、山を代表する怪異というだけでなく、主人公自身の呼び名でもあるところが面白い。ところでこの主人公、江戸末期に実在した本草学者の畔田くろだ翠山すいざんであり、作中で十兵衛が書き続けている帳面は後に古名録こめいろく水族志すいぞくしとして伝えられる。博物学者として高く評価され「もうひとりの熊楠くまぐす」とも称されているが、生前はまったくの無名であった。ただただ草花が好きだという十兵衛の姿が、欲のない人物像と見事に重なる。五月に刊行された書籍なのだが、鏡花賞受賞を機に読み、不明を恥じて雄叫おたけびをあげてしまった一冊。淡々と描かれる日常描写や、草木や生物との交流に、自然と超自然、此岸しがん彼岸ひがんつながる幻想性は梨木なしき果歩かほ家守いえもり綺譚きたんにも通じる。

 その『家守綺譚』だが、新潮社のPR誌〈波〉で連載されていた近藤ようこの漫画版(上巻一七〇〇円+税 下巻一六〇〇円+税)が書籍二冊にまとまった。近藤ようこの摑みどころのない芒洋ぼうようとした絵の感触が原作の雰囲気と見事に調和している。牛尾山うしのうざんに死者が集まる十五夜の様子を描いた「ススキ」などは、空間の密度と時間の描きが秀逸しゅういつで、夜の風景の広がりや奥行きと〝私〞との対比が際立つ。原作は幾度も読み返しているが、この漫画版もそうなるのだろうな。

 SF・サイード『タイガー』(三〇〇〇円+税 東京創元社 杉田すぎた七重ななえ訳)は、ブリティッシュ・ブック・アワードの最優秀児童書賞を受賞したYAファンタジイ。物語の舞台は帝国主義が崩壊せず、奴隷制や身分制が残る21世紀の英国だ。中東からの移民を両親に持つアダムは、貧しい上に、居住区であるソーホーから自由に出ることすら出来ない。両親が営む商店の配達をする彼は、ある日、追いはぎに追われ逃げ込んだゴミ捨て場で、絶滅したはずの虎の姿をした「タイガー」に出会う。このタイガーだが、具体的に虎の姿をしてもいるが、ウィリアム・ブレイクの虎からインスパイアされた原初の力というか、神話的存在。タイガーに導かれたアダムは、洞察の力、想像の力を得て、新たな視点から自分をとりまく世界を眺める。想像の力が世界を変革する力強さと解放感がデイヴ・マッキーンのイラストとの相乗効果で強く印象に残る。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。