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【米澤穂信『倫敦(ロンドン)スコーンの謎』(創元推理文庫)刊行記念!】解説「羅馬(ローマ)ジェラートの謎」北原尚彦【「紙魚の手帖」掲載記事】

【編集部より】

この記事は紙魚しみの手帖 vol.02」(2021年12月号)に掲載された米澤よねざわ穂信ほのぶ先生の短編羅馬ローマジェラートの謎」に付された、作家・評論家・翻訳家の北原きたはら尚彦なおひこ氏による解説の再録です。

「羅馬ジェラートの謎」は現在好評発売中の小市民シリーズ作品集倫敦ロンドンスコーンの謎』(創元推理文庫)に収録されています。事件の内容・真相に触れてはいませんが、できれば「羅馬ジェラートの謎」を読んでからお読みください。

装画:片山若子/装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

『倫敦スコーンの謎』米澤穂信(創元推理文庫)
「なあ常悟朗。お前に頼んでいいことなのかどうかわからないんだが……小佐内を紹介してくれないか?」堂島健吾曰く、かつて絵の謎を解いた(ことになっている)小佐内さんに、もう一度知恵を借りたいのだという。――美術家の縞大我が、サンフランシスコ・ビエンナーレの黒熊賞を受賞した。健吾は地元のテレビ局に頼まれ学内を捜索、彼の在校時代の作品を発見するが、その作品は模写でありながら展覧会に出品された事実も掘り起こしてしまったのだ。果たしてこの作品は盗作か否か? 小市民を目指す小鳩君と小佐内さんの謎解きの日々。大人気シリーズ、待望の第二作品集。四編を収録。


解説「羅馬ジェラートの謎」北原尚彦

 最初に申し上げておくと、「羅馬ジェラートの謎」は普通に小鳩こばとくんと小佐内おさないさんのシリーズの一篇として読んでいただいて構わない。一般読者にとっては、それが当たり前だ。

 しかし。実は本作は、ある種の〝本歌取り〞となっている。「そりゃ題名からもすぐ『ローマの休日』って気がつくし、作中でも説明されてるよ」とおっしゃる方もおられるだろう。もちろん、それはその通り。だがそれだけではないのだ。

 唐突だが「語られざる事件」をご存じだろうか。コナン・ドイルの書いたシャーロック・ホームズ・シリーズは全六十作あるが、その作中で題名や概要は触れられてはいるものの独立した作品としては書かれていない事件が幾つも出てくる。語られざる事件とは、その総称である。『回想のシャーロック・ホームズ』収録の「マズグレーヴ家の儀式書」序盤で言及される「ワイン商人のヴァンベリーの事件」や「ロシアの老女の冒険」などがその実例だ。

『シャーロック・ホームズの復活』収録の「六つのナポレオン像」では、「暑い日にパセリがバターのなかに沈んだ、その深さ」(深町ふかまち眞理子まりこ訳)からホームズが気づいた、という語られざる事件に言及される。

 さて、そこで「羅馬ジェラートの謎」の冒頭である。小佐内さんが謎の存在に気づいたのは「暖房が効いた店内でチョコスプレーがジェラートに沈んだ、その深さからだった」という。シャーロッキアンならば、ここで色めきたってしまうのだ。

 いや、それはちょっと似てるだけでは、と思われるかもしれない。しかしホームズのパセリとバターの件は「例のアバーネッティ一家で起きた身の毛もよだつ事件」でのことなのだ。一方、「羅馬ジェラートの謎」が発生したジェラート店はというと、〈アバーネッティーズ〉ではないか。

 もうお分かりだろう。作者は、はっきりと、意識して、〝語られざる事件〞をトリビュートして本作を書いているのだ。バターではなくジェラートに、パセリではなくチョコスプレー(ケーキやアイスに振りかけられている細かいチョコレート)になっているが、問題の本質は変わっていない。

 語られざる事件を〝もしコナン・ドイルが書いていたら〞というていで書いたものとしては、J・D・カー&アドリアン・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの功績』やジューン・トムスン『シャーロック・ホームズの秘密ファイル』や北原尚彦『シャーロック・ホームズの蒐集しゅうしゅうがある。

 一方で、ホームズ本人が活躍するパスティーシュではないが、「自分の探偵」に語られざる事件のモチーフとなる謎を解決させるパターンもあり、実例としてはエラリー・クイーン「ジェイムズ・フィリモア氏の失踪」などが挙げられる。「羅馬ジェラートの謎」はこちらに分類される、シャーロッキアン大喜びの新たな作品というわけだ。

 ――でもね。ふたりが甘いものを食べに行って何か謎に遭遇してしまってそれを解き明かす、というこのシリーズの短篇、ホームズには関係していなくても好きなんですよ。わたしもスイーツ好きだし、端正なミステリ短篇が何より好きですから。


■北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司ら各氏を擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか。古本エッセイに『SF奇書天外』『SF奇書コレクション』(東京創元社)、『シャーロック・ホームズ万華鏡』(本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、〈ドイル傑作集〉全5巻(共編・共訳、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。