なぜ“お嬢様エリート”は海外で失速したか:日本の正解が移民の不正解
海外で成功する日本人ってどんな人生を送って来たのだろうと考えたことはないだろうか。
私はある。というか移民に興味を持ち始めた最初期、私の一番の興味はそれだった。
というのも当時、私が通っていた大学は「坊っちゃん」「お嬢様」がいる大学で、成績優秀かつ人格もとても素晴らしいという人材が多くいた。英語もできてグローバル思考...
私はてっきり彼らこそ典型的な海外で成功できる人材だろうと考えていた
しかし10年以上の時間がたった今、海外移住を実現した同窓生たちが何人いるだろう。まぁ...数人だ。
しかも、その中で日本で新卒就活した場合よりも良い生活条件で働けてそうな人は...皆無だった。

むしろ精神崩壊して、Facebookに「すべてを憎んでいます。さよなら。」と投稿して消えたドイツ院留学組のAさんや、「彼と子供を作ったら永住権もらえないかなぁ…妊娠したいなぁ」と衝撃発言をぶっ放して、これまた消息が途絶えたフランス院留学組のBさんの方が思い出される。
日本ではあんなに責任感もあって、礼儀正しかった2人の内1人は精神的に追い詰められ、もう1人は躊躇せずに不法移民みたいなことを言っている。
何だか噛み合わなくないか?
日本で見ていた彼女たちの姿と外国でもがいている姿があまりにも違う人物のようなのだ。

彼らは日本でなら絶対一角の人物になれる人間だった。
両親は地方の旧家の出身で礼儀作法もしっかりしており、資産も潤沢だった。学力もそれに準じて高く、モラルも申し分ない。なぜ「移民戦争」の敗北者になったのだろうか。国内だったら上級国民でもおかなしくないのに...
今ならわかる。
なぜ彼らは負けたのか。それは彼らの持つ特徴、つまり「貴族的特徴」すべてが本来移民で成功できない資質だからだ。日本でイメージされるエリートが海外で飛躍するのは色んな意味で難しい。
そこで今日は日本式エリートがなぜ移民として成功できないか、そしてどんなタイプの人間が成功しうるのかについて説明したいと思う。
藤城ありさ: 海外移民として成功できない典型的な日本人エリート

今回、このテーマで記事を書くに当たってこれまでの記憶を混ぜ合わせて架空の人物「藤城ありさ」を作り出してみた。
実在する人物のエピソードなのだが、特定されないように複数人の話を混ぜ込んでいることはご容赦いただきたい。
この「ありさ」は私が大学時代に会ってきた人物の中で特に能力と人格に秀でており、グローバル思考も会った人々の集合体だ。
「私、海外に行きたいの」

藤城ありさは広島県広島市の歯医者の娘に生まれた。家はいわゆる旧家だ。両親と祖父が歯医者で、父は祖父の歯科医院を継いだ。市内では結構有名な歯医者だ。
両親に何不自由なく愛情を注がれて育ったありさは広島市内の有名女子校に進学し、その後都内のトップ私立大に合格。その機に上京した。
ありさは両親との仲は別に悪くない。むしろ良い。
きっと父は本当のところ、歯学部に進んで家族の医院を継いで欲しかったかもしれない。しかし、そんなことは一言も言わずにグローバル関係学部に受かった時笑顔で私を東京に送り出してくれた。
「グローバルな経験はこれから絶対に必要だ。頑張ってこいよ」
父は彼女を優しく送り出した。
彼女が飛び出したかった理由

ありさが東京に来た理由は表向きの建前と本音があった。国際関係学を多様バックグラウンドを持つ同級生達と一緒に学べる場所は東京の大学しかない!と、思ったのはもちろん建前。
だが、本音を言えば、広島での暮らしに少し息苦しさを感じていたからかもしれない。
誰もが藤城という名字を聞けば「あぁあそこの医院の」と口走る。いつからか自分も医院を継がなければいけないというプレッシャーを少しずつ感じる様になっていた。
「私は私の人生を生きたいのに...」
ここから飛び出したい。
彼女は自由を欲した。
誰も自分に決められた役割をあてがってこない場所に行きたかった。それで憧れたのがグローバルな世界だ。グローバル社会では様々な意見を持った人たちがお互いを尊重し合いながら生活していると高校の授業で聞いた彼女は、「私もそこに行きたい!」と強く願った。
学生生活は最高で

学校は最高だった。
海外で育った日本人や外国人と一緒に英語で学ぶ日々。日本の大学なのに授業が英語だと聞いた時はついていけるか心配だったが、持ち前に真面目さですぐに適応した。
帰国子女、LGBTQ、多様なバックグラウンドの同級生と意見を交換するのは本当に刺激的だった。それに、友人たちはみんな私の英語を褒めてくれた。
「ありさは絶対に海外に行った方がいいよ。日本じゃ女性は息苦しいよ」
「ありさはオープンマインドなんだから海外を経験しなよ。日本で終わったらつまらないぞ!」
同級生達のその声が私を後押しした。
私はまずは交換留学枠を使って1年間、アメリカのアリゾナ州立大学で学んだ。ここでも本場のアメリカを知って感動。ますます海外が好きになって、大学卒業後は新卒就活はせずに、アメリカ時代のクラスメイトが勧めてくれたスペイントップのMBAコースに通った。
親は「娘が世界のMBAで学ぶなんてすごい!将来は世界でビジネスでもやるのか!?」と広島から喜んでくれた。
…だけど、私はMBAの卒業後日本への帰国を決めた。
時間が経って表面化する苦痛

合計3年間日本から離れて感じたのは母国ってこんなに素晴らしかったのだということだ。最初の1年は本当に刺激的だったが、生活が慣れてくるとこの海外での生活がどれほど大変かわかってきた。
まず第一に決められたレールがない人生がこんなに苦痛だと思わなかった。
例えばMBAを卒業しても外国人学生向けの就職キャンペーンなどがなかった。正確には同じEU市民向けのイベントはあったが、域外民の私は参加しても意味がなかった。
ルールの外側からやってきた彼女は何もかも1人で、そして手探りで探すしかなかった。日本にいればなんとなく就職の方法はわかるのにここでは目隠しをして歩いているような気分だ。
第ニにいよいよ、「人が自分と違う」という現実が辛くなってきた。
相談しても解決策が人によって違うし、共感もないのだ。
例えば就活でタイ人の同級生に悩みを相談した時のこと。彼女は私に「別の院にでも行けばいいじゃない!」と何事でもないかのように答えた。
聞いてみると彼女は大金持ちの娘だから就活は考えてないらしい。それで自分も暇つぶしに今度はドイツの大学でも行ってみようと思ってたところだったようだ。
ありさはめまいを感じた。格差が激しすぎる。そしてそれによって人々の考えが違いすぎる。共感も共有もできなくて意見は対立するか無視されるだけ。もちろんかつてはそれが刺激的だったが、刺激が24時間あることがこんなに辛いなんて。
コネもあったけど...
もちろん死ぬ気でレジュメを送ったり、当時同棲していた彼氏の親戚にお願いしたらオフィスの事務仕事くらいは見つかったかもしれない。だけどそんな「ズル」をしていいのかな?と悩んだ。それにそれほどのことをしてまで私が欲しかったのはこの仕事かな?とも悩んだ。
その頃、両親から心配の連絡が来た。
父は「そんなに、固執しなくたっていいじゃないか」と言ってくれた。その言葉が泣けた。
彼女の選んだ結論

5年後の今、私は港区の外資系企業で働いている。社内は英語が基本だけれど、オフィスを出れば安心できる日本語に包まれる。やっぱり彼女は日本が好きだったんだとおもった。
日本の生活がこんなに楽しいと気が付かせてくれたことを考えれば海外でのあの経験は悪くなかったかもしれない。若い頃の海外経験はやっぱり夢のようだ...でももう戻る必要はない。ここが私の生きる場所だ。
彼女が移民として成功しなかった3つの理由
彼女の話を読んで、
「おい!別に大失敗なんかしてないじゃないか!」と思うならまぁそれは仕方ない。これが現実だ。
このタイプは親も資産があるし、本人にも学歴があるので破滅的な失敗よりは結局帰ってきたくらいのパターン落ち着く。
海外に行ってみた、輝かしい進学もしたけど日本に帰ってきてまぁまぁな生活をしているというタイプが多いのだ
しかし、彼女が移民とし移住先で成功しなかったのは事実だ。
そして彼女が移民として定着しなかった理由を考えた時、彼女の出自が移民として成功するタイプから最も遠かったからだと今なら私はわかる。そこでこの記事の後半ではなぜ成功できないかについて話そう。
■移住の動機が弱いプッシュ要件だった
彼女の移住の理由は何だっただろうか。「息苦しい、地元から飛び出してみたい」だった。これはいわゆる弱いプッシュ要件が移住の動機になっていると言える。しかし弱すぎた。
移住し続けるだけのエネルギーを供給し続けなかったのが一つ目の敗北理由だ。
移民の移住要件は大きく分けて2つ存在する。
プッシュ要件とプル要件だ。
プル要件のプルは「引っ張る」だ。
これは移住先の国が移住する理由を持っているので移民を引っ張るという意味になっている。
例えば給料が良いとか、住みやすい環境がある。みたいなのがプル要件と言われる。
逆に、プッシュは「押す」、つまり母国が移民になるように自国民を押し出す理由があるということだ。世界中の移民にとってよくあるのは「戦争」や「貧困」だが、アリサの場合は「地元の息苦しさ」がプッシュ要件になっていた。
これらは両者共に移民にはモチベーションを与える存在だが、効用が違う。
プッシュ要件は瞬発力がある。短期間的に爆発的なエネルギーを作るのはプッシュ要件だ。そのため多くの20代の若者が海外に出る時はプッシュ要件に押されて行動したという場合が多い。
しかし、プッシュ要件だけでは人間は続かない。情熱も刺激も1-2年で覚める様に、移住している状態を維持させるには燃料を逐次投下してモチベの維持が必須だ。これがプル要件である。
移住した先が居心地がいいから離れにくいという状態を作るのだ。
そう言われるとプッシュも必要だが、プルは移民生活を持続するためにはより重要だとわかるだろう。
アリサの場合はプルが不在だったためプッシュの魔法が溶けたタイミングでモチベーションの燃料を失ったのだった。
また以下に移住先が良い国でも、良いかどうかは母国との比較になる。1945年の日本とアメリカだったらアメリカは天国に見えたかもしれないが2025年だと拮抗か、やや日本が勝つくらいだろう。よって多くの日本人はプル要件を持つことができず数年で失速する。
■自己決定力が低い育ち方をしている

次にアリサは自分で人生を決める自己決定力が足りていなかった。
そんな風には見えないかもしれない。大学も自分で決めているし、むしろ決断力がありそうだ。だが移民になる以上はこれでは全然足りない。
彼女が選んできた選択肢は、「どの大学に進学するか」というリストが見えている中での選択だった。いわばレールに乗った人生でレール上どこで分岐しようかぐらいの選択だ。
しかし、移民にはレールがない。移民用にレールが作られてる国は多くない。よって全てに仮説を立て、検証をし、予測して再行動という探検家のような決定力が必要になる。いくら彼女が賢くてもそんなことをした経験がない以上すぐに対応するには無理だ。
そして大抵恵まれている家の子供は社会で成功する方法を親がある程度知っていて、レールに載せてくれている。よってレールから外れるような決断をする機会がないのだ。
■価値観・モラルの多様性が低い地域で育った

彼女の育った環境を思い出して欲しい。
彼女の環境は果たして多様な価値観が存在する海外生活に適した経験が幼児期にできただろうか?そんなわけがない。真逆だ。
高校は女子校で同じ様な社会階層の子供たちと暮らし、大学も名門大学の国際教養学部で学んだだけだ。隣に財布を盗むために殺人を考える様な隣人と暮らし経験はないはずだ。この様に自分と階級・モラル・価値観がバラバラな人間と雑多に生活する習慣がない人は刺激に弱い。
同調圧力による苦痛よりも、無秩序による(ポジティブに見れば多様性溢れる)苦痛のほうが耐えられないのだ。だから海外に行って日本に帰国というルートを選ぶ人が多い。
貴族的美徳は移民社会において最も適合しない資質だ
総合すると彼女の育ちに何も間違いはない。
むしろ日本人としては王道。恵まれに恵まれた人生を送っていると言っていい。
しかし、その育ちと気質こそが移民として生きていくためには全く向いていないのだ。
移民は常に差別にさらされ、社会秩序に従うだけでは搾取される。だから自分で決断し、時にはモラルに反してでも道り開く必要がある。
その様な環境で成功しやすいのは…決して彼女の様な貴族的美徳をもった人物ではない。
しかしながら、なまじこういった人物の方が家族が金をもっている。だから目立つのはありさのような人物が交換留学や大学院留学に行くケースだ。そして、本質的に移民に向いた育ち方をしていないので殆どの若者が帰ってくるのである。
さて本当はもう一人の人物。移民になることで大化けするタイプについてぜひ紹介しようと思ったがいかんせん記事が長くなってしまった。続きは次の記事で書くとしよう。
