#495 映画『それでも私は』の件(2)
見た。

〜Though I'm his daughter〜
予告編より
そのタイトルに続きがあると知らずに映画館の椅子に着席し、画面をよく見たら、『彼の娘』と英語の筆記体で書いてあったと思う。ポスターかな、ファーザーズDaughterではなかったと思う。
あ、写真あるかな。

シネマ・チュプキ・タバタ
2025.10
あー。いろいろ必死で、撮るの忘れた。
きーっ。
昔はレンデルビデオ店や映画館で、すいませーん、あのー、ポスター掲示終わったらください。って頼み込んで、よくもらったもんだ。が、今はもうない。捨てたのか。
売るなんて手段がなかったので、ホントに好きでもらっていた。あ。もしかしたら、引っ越し片付けのどさくさに紛れて、片付け職人に持っていかれたかも。くそー。記憶にない。
さて。
もし、私が『ひず ドーター』だったら。
実は、映画を見る前は、『私はやってない 潔白だ』のミュージックが流れるほど不謹慎な頭の中だったし、松本麗華さんの新しい本も買ってうちで読んでいたけど、家庭内のリアクションが厳しくて、自分の考えがまとまらなかったし、読み終わっていない。
まあ、いつも考えはまとまらないんだけど、これに関しては、『どうして、名字を変えないの?』とか、『どうして、知らんぷりして生きられないの?』と思う自分がいた。
しかし、新しい本(途中まで)、映画本編、トークショーとサイン会での様子、さらにNewsweekの前半・後半のすべてを見て、少し謎が解けた。
和歌山カレー事件※の林家のお孫さんの件を引き合いに出していたが、別の人格で生きようとしても行き詰まってしまう、少なくとも私はそうだという内容だった。そして、それまでお世話になってきた方々、支援してくださる方々との縁を切ってまでして生きていくことなどできなかった、それはお父さんも同じである、という内容も語られていた。と、私は解釈した。
①『私も生きたい方ではない』
②『社会に受け入れられやすい方(ほう)』を選べない
という内容も語られていた。
私自身もある時点までの記憶や記録を伏せて過ごす期間が長く、別アカウントで生活している状態で、複雑な気分になることは多い。
②を選択して、『社会になじみやすく』生きてきたというのもある。
だから、半分くらい重なる部分があるけど、それを短時間に伝えることはできなくて、こうやって長々と書いている。
私が届けたいのは、松本麗華さんご本人と支援する人、それから、誤解している人たちへだ。
そして、サリン事件を知らない人たちでイジメに遭っている人、それを知っているのに何もしない人、できない人、それを見ている大人、教育委員会、その職員、国だ。さらには、これを忘れてしまう未来の私へも届けようと思って書いている。
最近気づいたことがある。②で生きていく中で、相手がいるということである。①で生きている麗華さんは、相手を大切にしている。②の私の歴史からは、相手がことごとく消えてゆく。すると、相手の歴史からも私が消えてしまう。または、書き換えなければならなくなってしまう。または抽斗(ひきだし)の奥にしまって鍵をかけてもらうことになる。悪いことなどしていないのにだ。だが、それでよいのだろうか。と、つい最近になって思うようになった。②ではなく、それでも①で生きてくることはできなかったけれど、事情※¹は違うにせよ、時代は同じだった。時代も変わった。世代も代わった。だから、私は私なりに当時『身内からかけられた制限』を解くことにした。【相手の歴史から私を削除させる】、【語らせない】それはどうしても避けたい。と、強く思うようになった。
知らない人にそれ※¹を話したところで、【気にしない】とか、【友達にもそういう人いる】とか、【へえ、全然みえない。】とか言われる。
まあ、仕方ないことなのだが、全く嬉しくないし、そもそも、私はあなたのために生きてないし、あなたが、ジャッジすることじゃないし、少なくとも私はあなたをジャッジしない。公平じゃない。人間として、明らかに見下ろされている。そんな日本語、見たくないし聞きたくない。
それなのに、なぜそんな言葉を選ぶのか不思議でならない。教育か?センスか?自ずとそういう人からは離れて生きてきた。
だから日本語で語るのは本当に疲弊する。嫌だ。極力避けている。これは多分一生変わらないんだろうと思う。日本語の捉え方は、人によって様々だし、表現も様々すぎるので私にとっては傷つく要素ばかり目立つのである。
今回、英語で【それでも私は彼の娘だ】とシャシャっと横書き表記であったことも、頷けるだろう。私は頷けた。たいていの人が日本語しか読まないからだ。
私も、英語や手話言語であれば私の苦しみは半減する。幸せも不幸も比較するものじゃないし、勝負でもないと思っている。
何より、私は愛されてるし、もう充分。親の愛もいらないし、兄弟に比べて私への出資額が比較にならないくらい低くても、気にしない。
自分はバカ正直で損してるな、とは思うけど、スポンサーに賛同してもらえないからには支援は受けられなかった。それも理解している。先回りしてしまう性格なのも知ってるし、ズルはできない。他の面でズルしてるとは思う。
話は戻るが、
たとえば、他人に【眉毛太いけどいいよね!】とか、ダイエットしてるのに【太っててもいいと思う!】とか、食べても太れないのに【痩せてていいよね!】そんなこと言われたいですか?
眉毛なら短期間でとしかしたら修正が可能かもしれないけど、神経症かもしれないし、本人になってみないとわからない。
体重はほとんどの場合、自分の努力だけではどうにもならない。頑張ってコレなの!がほとんどじゃないですか?あなたに言ってないけど、病気の治療中とか、内服の影響とかあるし。あなたが知らないだけ!ってことは世の中にたくさんある。
努力でどうにかなるように見せてるのは、キラキラしたインフルエンサーや、その道のプロやプロにお金を払える一部の人だけだと思う。簡単なことじゃない。もちろん、その人たちも血のにじむような努力をされていると思う。また、チームにもなっていると思う。でも、【人に見せられる】ということは、【足を引っ張られにくい】、【応援してもらいやすい】そういう立場の人たちであるということが多い。スタートが違う。
たいていがサイズアウトしていくズボンを買い替え、どんどんゴムのスカートになっていく。
(または逆で、食べられない、体格が頼りないまま歳を重ねる、という場合も多い。普通なんて、ほとんどない。)
子どもだった松本麗華さんには選択の余地もなかったし、かといって乳幼児ではなかったから小学校へ行くタイミングも逃してしまった。
さらに、姉と住む現実や、弟や母親と交流を絶つことも深い意味がある。これは様々な虐待だし、人権侵害だ。
また、2025年の最近、その母と弟の家からお金が出てきてなんとかかんとか、という話もあって、、、
そもそも。
私は、なんでそんなことを他人が知る由があるのか謎だった。
漏れる、ということは、スパイが近くにいるか、何かしらのいざこざがあって情報が漏れたのではないか?とも思えた。
松本麗華さんすら、銀行口座が作れないのだから、2人が作れるわけがなかろう。作れてたら教えてほしい。
まあまあな金額がツボに入っていてもおかしくはないと私は思う。しかし、それがどこから来た金なのかは、気になる。どこから来た金なのか。何か商売をしているかもしれないし、寄付金かもしれない。分からない。どこに違法性があるのか、法的根拠を示してほしい。とはいえ、そこまで突っ込めないのが私の立場である。
それでも、
人権がないのは、おかしい。
生存権すら侵されている。
少なくとも私は、三女に銀行口座が作れないのは理屈が通らないと思う。住む場所も、学ぶ権利も奪われるのは、許されない行為だと思う。
適切な時期に、適切な教育を受けられることは当然の権利であり、それができないと、人生に大きな負の影響を与える。
また、適切な時期に社会や周りの親たちから肯定的に受け止めてもらえることは、その子の成長・発達の上でとても重要なことである。それがなされなかった場合、その子の人生や脳に深刻なダメージを与えかねない。
身をもって感じている。
立て直すのは容易なことではない。
時間は取り戻せない。
たとえ何年か何十年か後に、『もういいよ、帰ってきていいよ。会ってもいいよ。』なんて。その時、じゃ遅いんだよ。なんであんたの理解するスローペース、社会の無理解のノロノロとした無駄な時間に、私の大切な時間を奪われなければならないのか。社会の理解?は?
何万人が署名しようが退けるような社会の理解はいったい何億年かかるんでしょうか。※私はかなり怒ってます。→両手を挙げましょう。アンガーマネジメント。
少なくとも、天皇陛下ご一家は許さないと思う。象徴だから口出ししないけど、絶対賛成しないと思う。
ということは、政治家や役人の考えたことであろう。公安や警察やその他。詳しくないのだが、なんなんだ。もう!
なぜ、そんなことになるのか。
かの教団が『テロ組織』に指定された。ということが大きいのであろう。そして、それを国外にもわざわざ子どもの関係ない麗華さんのことまで通達して回っているせいで、松本麗華さんが韓国映画祭に招待されたにも関わらず、入国拒否されて出国できない事態を招いた。それが今年のことである。意味不明。全くもって意味不明。イミフ!
※私は、カレー事件の真犯人はマスミさんではないと思っている。ご長男のお話(オフィシャルの発信や様々な動画)を伺ったり、本を読んだりして、そう思うに至った。なので、絶対に死刑が執行されてはならないと思う。早く誤解が解けて出てきてほしい。これも、メディアの罪は大きい。というか、国家って何?何が国家なの?
誰が決めた何なの?
日本は誰が動かしてるの?
そういうことだと思う。
ちなみに、私は教団とは一切関係ない。見学もしたことないし、内部に踏み入れたこともない。出家もしたくないし、ヨガも趣味じゃない。痛いもん。マントラも持ってないし、要らない。登山もしないし国際協力もしたことない。在家でもないし、神が本当にいるとしたら、地球も日本もこんなことになってないと思う。
神は、いないに、一票!だ。
ほんとにそれぞれの宗教団体は、コミュニティ、サークル、ファンクラブだと思ってます。
例えば、ゴータマ・シッダールタが歴史上の人物で、素晴らしい教えがあった、あるってことは信じる。しかし、その人が何を伝えたかなんて、私はわからないし、伝わってきたこと全部を隅から隅まで信じるわけにはいかない。
途中でネジ曲がったり、つけくわえたりしてるだろうから、まるまる信じる気には到底なれない。
少なくとも、私はパーリ語もチベット語も読めないし、そもそもシッダールタは書いてないよね。だから信じることができない。
漢字や日本語にされた時点で全く違うものになっていると思う。他の宗教でも聖典があると思う。英語や日本語になってると思う。多くの信徒の方々の大変貴重な拠り所となっていることも知っている。それに貴重な価値があることもわかる。
歴史もあるし、本当に救われている人がたくさんいることも知っている。
人も、何でも言ってることより【行い】をみることが大事だと思う。
しかし、私はそれらを選んで、または親に入れられて抜けることもできず、それらを頼りに生きていく、というライフスタイルではない。
あくまでも私は、そういうことです。というだけ。
だから全部ダメ、ということではない。隣り合って生きていくことはできるし、いろいろ知りたい。信じる方は信じてください。私は私なりにやります。
私はそれぞれの団体に入るのは、全て辞退します。っていうことだけです。
ただ、同じ時代に同じ国の同じエリアで生きていた可能性がある。それだけの話。道端で間違えられたことはあるけど、絶妙にかわした。それでも私は、傷ついた。は?なんで?って。
どこにだって人を傷つける人はいる。
その属性は様々だ。どこの国の人か、何を信じる人か、障害や病気があるかないか、さまざまである。
そして、必ずその家族もいる。(亡くなっている場合もある)
その時、あなたはどうするか。
もし、あなたの大切な人が、誰かの大切な人を傷つけたら、逃げるか寄り添うか、そのほかなにかあるか。
袴田さんの奥様のように生きたいとおっしゃっていたのが印象的だった。
状況は異なるけれど、たしかに、動機も語られていないし、充分な裁判もなされなければ、多くの人が求めた治療もされぬまま『死罪』となった父をほおっておくことができるのか。私ならできない。それなのに、さまざまな権利が侵されている。許されないことだ。少なくとも私は、間違っていると思う。
【ハルマゲドンがある。】と先に扇動して、実際にそれに近いことを毒物で実行するというシナリオが繰り返しテレビから流されたし、雑誌も新聞も皆同じようなことを書いていた印象しかない。
もう決まり、麻原彰晃の指示、死刑。
そういえば、あまりにも短絡すぎやしないか。
でもその組織を作った代表だから死刑?それなら、わかる。けれども、作っただけで死刑なら、とんでもない数の社長や親が死刑になるはずである。総理大臣なら辞めるだけなのに?
変だよねぇ。
幹部の暴走説は?誰がいつ何をした?
幹部の手記も一部読んだが、途中でやめた。
当時は、全く意味がわからなかった。事件に関するルポになってなかったと思う。それ以来、次々読もうと思っていたのに読む意欲が失せた。
書籍から真実は得られないと思ったのだろうな、と振り返ると感じる。
突然執行された『死罪』により、様々なことが闇に葬られた。※女性の大臣。これも怪しい。
200人ほどが逮捕されたらしいが、『死罪にならなかった人たちはどこへ行ったのか?』実刑?ひっそりとくらしいている?
アレフに残っている?ひかりの輪へ行った?
新しい集団をつくった?他の宗教に改宗?
当時、オウム関連事件の、裁判をすべてやるには100年とか300年とかかかると言われていた。
それはどうしたの?
やめたの?は?
被疑者、容疑者、確定者死亡でおわり?
意味がわからない。
死んで終わり、やめて終わりなんて【再発防止になっていない。】まさにそうである。
疑わしきを罰して、おしまい。
こういうことをしたら、『死罪』です、よろしく。ってことでしょ。
くだらない。
本当に知恵のある人間のやることと思えない。
以上。2025/10/16
