『創作日記』 作家の奥様って、もう大変なんですから
今まで、あたり前で当然だったものが一瞬で変わる価値観。
卑弥呼登場、
大化の改新、
鎌倉幕府、
明治維新と第2世界大戦後。
その見破り方法、
政治体制が変われば変わるか、
勝ち負けでモラルも変わるのか。
代われば変わる、
モノと事が代われば心も変わるのでしょうか、
賢い大人はだまされても、子供とお母さんは安易そうでも一番手強かった。
生きてゆくのがつらい日は...
初期のマンガ家たち、手塚治虫さんたちのように世間の偏見や貸本時代の貧乏と同じで、作家を志すのは大変だった
すべて新しいクリエイティブをめざす者は困難がつきものだった
政治活動や宗教活動が国家から保護され、文化芸術は金まわりがよくなるまで、世間の目は冷ややかなのは歴史をみても明らかで、
大衆はいつも政治家や、経済的余裕をもらえる商売人のお墨付きをもらって、初めて価値観を決めているかのようであった
当時は江戸時代の戯作者みたいに思われて、坪内逍遙が小説を書いたら、福沢諭吉から学士のくせになんだといわれる始末だった
以前にも言ったことがあるけど、えらい学者でも身分が低い父親を持つ諭吉さんは、門閥制度は父のかたきでござるといって、学問のススメなど、こんどは学者の地位向上をめざしていったのだ
でも歴史は繰り返すで、金に余裕ができ社会的地位が上がってくれば、学者も作家もマンガ家も中味が空洞化してくるのは、政治と同じように、人間社会のお馴染みのパターンだった
それでは夏目さんの奥様のいいぶんを、ちょっとちょっと奥様のいいぶんをちょっとだけ、聞いてみましょう
ー いきなりやめちゃって、これからどうするのよ
ー いや、新聞社と入社契約しているから、なんとか大丈夫だよ
ー そんなもの、あてになるもんですか、小説を書くたって売れるかどうか、これからさき小説を書いていけるかどうかもわからないのに、かってに学校やめちゃってどうするのよ子供、学費が高くなるのに、もうじぶんひとりで生きていきなさい
ー まいったな
ー まいったじゃ、ありませんよ、うちのお父さんも、あいつは見どころがあるといったから結婚したのにどうしようもないわ、このあいだも、通りで神門サンの奥様に遭って嫌みをいわれたのよ
“あら、夏目の奥様、ごきげんいかが。わたくしの主人、今度東北の大学に転勤赴任になりましたのよ。教授職があいていたようで、いつまたこちらの東京の大学に戻ってこられるかわかりません。もっとも二、三年すると戻ってこられるともいっていましたけど、宮仕えはほんと大変ですね。それにひきかえ、うらやましいわ。自由で、なんの束縛もされないご職業、尊敬しています。それではごめんあそばせ”
あっどうも、ほんとに嫌みったらありゃしない、ダメよ、要領よく生きなきゃ
ー でも勝海舟がもう徳川幕府はダメだと思って失業したけど、要領よく幕府方に残っていたら、きっとうち首か、みんなから晒しものになっていたかもしれない
ー そんなのわかりませんよ、森サンだって、うまく作家とお仕事を両立させていらっしゃるじゃありませんか、どうしてあなたにおできにならないのですか、やらないだけじゃありませんか
ー カレだって大変なんだよ、好きな踊り子さんとも親から反対され泣く泣くあきらめて、なんでも外国からカノジョ押しかけて来たみたいだよ、それに出世競争で大親友ともケンカ離れしたみたいで、九州の小倉まで左遷されて、そりゃもう小説のネタになっても私生活は大変
ー あー、言えばこう言う、あなたは白樺派のお坊ちゃんたちじゃないんですよ、あんな立派ないい小説書いて食べていけるわけがない
ー そう、シガ君のおじさんは銅山で儲けて、公害出しっぱなし、ある山では小学生の時から働かされている子供もいるし、でもカレらのいいところは他の金持ちの道楽息子とちがって、小さい人々にもあたたかいヒューマニズムに溢れているところだね、そこが悩みの種でもあるんだ、非力というか限界というか、最終的にはいつも「お金持ちでごめんなさい」になっちゃう
ー なってもいいじゃありませんか、なってみたいですよ、ほんとに
おまえとふたり酒
作家の妻はいまも昔も大変、売れてからも大変で、売れるまでがもっと大変
ぼくのおばあちゃんのダンナさんは放送作家で売れてて人気があっても、おばあちゃんにはとても不満足だった
下積み時代の同期の友達が作家になり、直木賞を取って華々しく活躍していたからだ、とても差をつけられている感じだった
この間も、街角でその奥さんたちとバッタリ
「あら、青の島さん、お元気、うちの宅、おかげさまで『青春の者』がベストセラーになっちゃって映画化されましたのよ、気休めに何気なく書いたものが読者に受けたそうで、何がいいのかわかりませんわ、ところでダンナさま、お元気でまだ放送作家をやってらっしゃるとか、マイペースでうらやましい」
まあ、ボチボチ
「あーら、野坂の奥様」
「あーら、五木の奥様、お久しぶり、うちの人、小説が50万部しか売れなかったけど、仕方なくて軽井沢で休暇を楽しんで来ましたのよ、あら青の島さん、最近ダンナさん、どうなさってるの」
「それが野坂の奥様、元気に放送作家でコント作家、日本第2位でがんばっていらっしゃるそうよ」
「まあ、すばらしいわ」
あっどうも、
嫌味ったら、ありゃしない
家に帰っても、おばあちゃんはなんだか不機嫌そう
となりでのんびり酒を飲んでるダンナさんも、変なとばっちり受けるしまつ
「あなたも小説書いて、直木賞ぐらい取りなさいよ」
「ぐらい!」
「がんばって小説書いて見なさいよ」
「青の島だあ!」
「バカなこと言って、いつまでも意地悪ばあさん、やってる場合じゃありませんよ」
「弱ったな」
「弱ったじゃありませんよ、まったく」
それから数ヶ月後、おばあちゃんにけしかけられ一生懸命がんばって小説を書きあげた、その小説『塞翁が牛』は直木賞を取り、大ベストセラーにもなった
当然映画化もテレビ化もとり出されて、おばあちゃんはどうしようかな、とホホに指を添えてうれしそうでしたと、ぼくのお母さんは言っていました
だから街で、また二人の奥さんに出会ったときはとてもご機嫌そうだった
「あーら五木の奥様、あーら野坂の奥様、ごきげんいかが、うちの主人、今度小説を書きましたのよ、それがどういうわけがベストセラーにもなっちゃいまして、どうしようもないわ、お仕事大変なのに身体こわすから控えていてね、と言いましたのに、大丈夫だよなんて、ひまを見つけて片手間にさりげなく書いたものが直木賞をもらっちゃって、ほんとわかりませんことよ、あらら、ひとりで勝手におしゃべりしっちゃって、では急ぎますのでごめんあそばせ」
「どちらへ」
「ええ、ちょっとパリまでお散歩に」
「パッ、パリ」
ではお聴きください、二人酒
