復職予備面談を終えて
※画像はポンコツさん作です。
約束の時間は昼前だ。
慣れない時間でバタついたせいか、ネッククーラーを忘れる。暑い。でも暑さのピークは確実に去った。
定時勤務、残業なし、業務車使用なし(薬服用)。
これは想定通り。
出張本来なしだが、他拠点がメインなので同伴条件付きで認めてもらった。あとは主治医にそれっぽい診断書を書いて本面談を通過すれば復職となる。
こんな時間にワイシャツスラックスかよ。
と、思って出かけるのもあと2回のはずだ。
社会から外れて2年が経つ。
まるで定年後のおじいちゃんのような生活をしていた。
平日の昼、近所の人に会うのが気まずくて散歩はたいてい夜だった。
本が読めるようになったら、行き先は図書館に変わった。相変わらず小説には目もくれず、うつ病や自律神経関係、マーケティング、ビジネス関係、仕事関係の本を読み漁った。
ちなみに今手元にあるのは平井一夫さんの「仕事を人生の目的にするな」だ。
※アフィリエイトはやっていません
書かれていることは概ね納得だが、痛いところを突いてくる。それができずにうつ病になったのだから。
本を読み、うとうとして、起きてまた読み。
さすがにもういい。
飽きた、というより生活面で苦しさが出てきた。
もちろんすぐに露頭に迷うような話ではないけれど、傷病手当金の減額がボディブローのように利いてくるのである。働かざる者食うべからず、だ。
当たり前のように出ていた朝の不調が明らかに減ったのも幸いした。これがある以上また休んで迷惑をかけることは目に見えている。
13日のフフフを境に軽くなった。
遠出をしても大勢のはじめましてな路地裏メンバーに会っても体調を大きく崩さなかったのは自信になった面がある。
それでもトライアルの10日間、診療所の一室でただただ作業をこなすだけの時間は「さすがにいけるだろう」という自信を僕の中で醸成するには十分だった。
また、いつもの日常に戻る。
いや、今回は事情が違う。
今の職場で骨を埋めることを考えていないからだ。
僕が本当にやりたい図面を引くことができない。
カラクリができない。
改めて見てきた会社四季報に載っていたうちの事業部の割合は2パーセント。
2割ではない。
そんな中で黒と赤をさまよいつつ、他製品の赤をカバーするという。
新事業でもない。
そして何も知らない新参者のうつ病上がりに、昇進なんてものもない。
昇進しても幸せな状況とはとても言えない。
上司にどれだけお世話になっても、モチベーションを見いだせなければ身の振り方を考える必要が出てくる。
異動か、転職か。
本来社会に戻ってもいない人間がそんなことを考えるのはおこがましい。だが、僕が体調を崩し休職した5年ほどで社会、会社、職場を取り巻く状況は大きく変わった。
そして、こんな僕を目にかけてくれている人が何人もいてくれている。こんなありがたい状況だからこそ、選択肢を考えることができる。
うつ病は脳の炎症を伴う。
治っているか、もう治らないか、わからない。
あくまで寛解なのだ。
潰瘍性大腸炎といい、寛解には縁のある人間だなと悪態のひとつもつきたくなる。
そんな僕が社会のために何ができるのか。
新しい環境で知った仕事をするか、今までの環境で新しい仕事をするか。
正直、悩んでいる。
いずれにしても金銭面で家族に迷惑をかけることはなさそうなので、選んで行動するだけなのだが、拙速な行動も禁物だ。再発なんてしたら目も当てられない。
残る場合、休職期間リセットのため1年は耐え忍ぶ必要が出てくる。
だが、転職しても働かねば同じ話だ。
どんな形でも「機械設計者」としての人生を続ける。僕にはそれしかない。
光るほどの文才も、誰とでも仲良くなれる愛嬌もない。
noteは第3の居場所と言いつつも、トライアルを通じて以前のように頻繁に顔を出すことが不可能なのはよくわかった。
日記は書けても、創作はできるのか?
オフ会やスペース等の集まりに顔を出すことはできるのか?
第3の場所で自分を表現し続けられるかは、まだわからない。
僕には、娘を幸せな形で送り出し、奥さんを先に看取るという壮大だが最優先の人生の課題がある。
健康に、幸せに長生きしなければ。
そのために何をすべきか。
そして、自分にとって楽しめる仕事は何か。
改めて社会に戻り、それが何なのかを考えて行動しよう。
