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「責任」をGeminiと一緒に考えてみたら、僕の弱さが浮き彫りになった話

責任。


よくある例で示すと、日本では不祥事が明るみになった組織の対象者と「その長」が任を解かれるイメージがあります。しかし、海外では逮捕されるような不祥事ならともかく、必ずしも辞任を求められるとは限りません。

そもそも責任とは何なのか?

こう考えるのには理由があります。


うつ病になったときに任された仕事は、ある先輩がある上司に嫌われていることを理由に退職をちらつかせて無理矢理異動して担当者が空白に。それが一番重要なタイミングで僕にお鉢が回り引継ぎました。結果NG続出するわ、「引き受けた以上お前の仕事だ」と当時の図面にサインしたはずの上司に責任転嫁されるわ、自己肯定感がマリアナ海溝の底まで下がったのがひとつ。

そして、復帰して今やっているのが、その・・異動した先輩が例のごとくきつい肝心なところで会社を辞め、別の先輩が窮しているところに僕が補助で押し込まれた形です。

ある意味、「すげぇ」とは思いました。

「無責任」とはまさに彼女のことを言うのか?
そんなことを疑問に思ったわけです。

今回はGoogleのAI「Gemini」の助けを借りながら、責任とは何かを改めて学び、社会人のひとりとして生きるための行動の指針にしていきます。

まずは単刀直入に。
責任とは何でしょうか?

「責任(せきにん)」は、大きく分けて**「これから果たすべき任務や義務」と、「自分の行為の結果について負うべき責め」**の2つの意味があります。

責任の基本的な定義
1. 任務・義務としての責任(責務責任)
* 意味: 立場上、当然やらなければならない職務や務め。
* 例:
* 引率者としての安全管理の責任。
* 期限までに仕事を終わらせる責任。
* 親として子どもを養育する責任。
* ポイント: これは未来志向で、「やるべきこと」を指します。英語の「Responsibility」に近いニュアンスです。
2. 結果についての責めとしての責任(負担責任)
* 意味: 自分の行った行動や、任された業務の**結果(特に悪い結果)**について、説明したり、対応・補償したりする立場。
* 例:
* プロジェクトの失敗について責任をとって辞任する。
* 運転中の事故で損害賠償の責任を負う(法律上の責任)。
* 部下がミスをしたとき、上司が代わりに謝罪する(説明責任)。
* ポイント: これは過去志向で、「結果に対する対処」を指します。特に説明責任(アカウンタビリティ)や法的責任(ライアビリティ)が含まれます。

Gemini

ふむふむ。
日本は「負担責任」を、海外では「責務責任」を指すことが多いのでしょうか。ここは僕の主観ですが。

責務責任といえば「ジョブ型雇用」はまさに典型です。決められたジョブ(責務)の実行に対して対価を支払います。

一方で負担責任は任務に対する「(悪い)結果」に対して言い訳、挽回、解任のどれかを負うことになります。思えば、件の先輩はことごとく負担責任を避けているなぁという印象です。

また、同じような失敗を何度も繰り返しているのに解任どころか昇進していく人もいます。
傍目からは言い訳やリカバリーがうまかったりという印象です。尊敬できる存在ではありません。


では、責任を取ることで称賛されることはないのでしょうか?これもGeminiに問うてみましょう。

「責任を取る」という行為が称賛されるのは、単に「結果の責めを負う」というネガティブな側面だけでなく、その行為に強いリーダーシップ、誠実さ、そして組織や他者への貢献といったポジティブな意味合いが伴うからです。
ここでは、「責任を取る」ことで称賛される具体的な例と、その理由を説明します。

🎖️ 責任を取ることで称賛される具体的な例

1. 失敗時におけるリーダーの「進退」

| 例 | 称賛される理由 |

【トップの辞任・降格】 プロジェクトの失敗や不祥事が発生した際、その組織の最高責任者が潔く辞任や降格を受け入れる。 
誠実な姿勢と信頼の回復:組織のトップが最終的な責任を負うことで、その後の対応の誠実さを示し、社会や顧客からの信頼回復の第一歩となる。**「逃げなかった」**という姿勢が、組織の規律とリーダーシップの模範となる。 

2. トラブル時における上司・先輩の「擁護」

| 例 | 称賛される理由 |

【部下をかばう上司】 部下が起こしたミスや顧客とのトラブルに対し、上司が「私の指導不足だ」と自分の責任として謝罪し、部下を擁護する。 
部下育成と強い信頼関係:部下の成長の機会を奪わず、精神的に守ることで、チームの士気と上司への信頼を高める。真のリーダーシップとは、部下のミスを自らの責任と捉え、再発防止に導く姿勢であると評価される。 

3. 困難な状況における「完遂へのコミットメント」

| 例 | 称賛される理由 |

【困難な任務の完遂】 誰もが嫌がる、または成功が難しいとされた困難な任務やプロジェクトを、最後まで諦めずにやり遂げる。 
粘り強さとプロ意識:この場合の「責任」は、「与えられた役割を全うする」という責務責任(Responsibility)です。困難に直面しても**「私が何とかする」**という強い意志と行動力は、高いプロ意識として称賛される。 

4. 組織内の「課題解決への主体性」
| 例 | 称賛される理由 |

|【未解決の課題解決】 放置されていた問題や非効率な慣習に対し、自分の役割ではないと知りつつも「このままではいけない」と主体的に解決に乗り出す。 
当事者意識と問題解決能力:自分の職務範囲を超えて**「自分事」**として捉え、改善に導く姿勢は、組織全体の利益を考えている証拠です。この「問題解決の責任を自ら負う」行動は、チームへの貢献として非常に高く評価されます。 

💡 称賛の背景にある「責任の本質」
人が責任を取る人を称賛するのは、それが**「説明責任(アカウンタビリティ)」と「信頼の獲得」**につながるからです。
* 説明責任(Accountability)の果たし方:
単に「すみませんでした」で終わらせず、**「なぜ失敗したのか」「今後はどう改善するのか」**を明確に示し、関係者を納得させる。この真摯な対応が、無責任な「責任逃れ」との決定的な違いとなり、称賛を生みます。
* 信頼の獲得:
責任を取ることは、「この人は何か問題が起きても、逃げずに最後まで対応してくれる」という強いメッセージになります。結果として、周囲からの信頼を得て、より大きな仕事や重要な役割を任されるようになるのです。

Gemini

目の前の問題から逃げない。
失敗に対して真摯に向き合い、次に活かす。
それを行動で示していくことが信頼へと繋がり、積もり積もって称賛されるということですね。


僕がうつ病になったときには、自分が対応可能だと想像する時間軸より遥かに短い時間での対応を求められ、求める必要がありました。
自分でできないことを相手に強いる。それこそ責任を押し付けるだけじゃないのか。


当時の上司を見ていても、「脅し」に近い「交渉」で無理を強いることで間に合わせていました。下請法には掛からないやり取りですが、力業ですね。

僕には、それを相手に強いる覚悟がなかった。
強いられた立場のことをどうしても考えてしまうからです。


逆もありました。
海外の案件は特に難しいです。

相手に十分な納期を与え、通訳を交えて注意点を説明して仕事を依頼したところ、納期直前に「やっていません」の一言。検討用サンプルとして渡したものも必要な人に届いていない始末でした。


代理店の担当者はこのタイミングで急に辞めてしまい、旧知の仕入先上司が対応に入ったものの最後まで揉めました。挽回の目処も立たずに言い訳しかできない状況に追い込まれた僕は、とうとううつ病になりました。


僕は、自分の想定能力以上のお願いを相手にするのが苦手です。こまめなフォローもしますが、運よく優秀なパートナーに恵まれたときに結果(責務責任)を取れたに過ぎないのです。結果、問題に向き合っても袋小路に自ら入ってしまい、自滅するのです。


責務責任をしっかり取れる方はひと握りの優秀な方です。大半がいかに負担責任を上手に取って、関係者の信頼を得ていくのか?というところが関係者の評価につながるのでしょう。

それでも、僕のことを認めてくれる人は少なからずいます。僕がそれなりに責務責任や負担責任を果たしていると認めてくれているのです。


この乖離はどこから生まれるのか?
改めてGeminiに問うてみましょう。

「責任を果たした自信がない」のに周囲から「信頼されている」という**乖離(ギャップ)**は、自己評価と他者評価のズレによって発生します。
これは主に、成果に対する評価基準の違いと、目に見える行動の側面から生じます。

Gemini

僕の責務に対する成果の高さと、他者の求める責務に対する成果の高さのアンマッチ。そして、責務を果たそうと悪戦苦闘する様子を見て判断する行動評価にありそうです。

「ありがとう。助かるよ」


最近一緒に仕事をする先輩によく言われます。
僕の感覚は作業者で、指示されたこと以上はやっていない、できないと思っています。しかし、先輩の話を聞くと「先回りして完成度が高い」そうなのです。


僕は40代に入り、周りの環境が変わり、自信を失う経験をいくつもして、潰れました。
2年かけて復職し、体調の波と闘いながら仕事に向かっています。

正直、低レベルだと思っています。
しかし、そんな「当たり前」の中に今まで培った「光るもの」がまだ残っているようです。


どれだけ自分が信じられるのか?
信じて責任を果たせるのか?


これから先、答えが出るのかわかりません。
しかし、自信を取り戻せば取り戻すほど、「意外と自分はやれる人間」なのでしょう。


僕だけじゃありません。
これを読んでいただいている読者の方々も、どこかで勝手に「天井」を作っていませんか?


僕らは責任を果たせる。
その自信さえあれば、何だってやれる。


マインドを変えるのは気の遠くなる時間と意思が必要です。上を望みたければ、天井を破って責任を果たしていくしかない。

これからの僕の進むべき方向のひとつなのかもしれません。

(了)

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