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中学女子の彼氏とジェームス・テイラー、リアル70年代〜洋楽女子話76

音楽とは腐れ縁だったかもなぁ、と。
母の私の音楽好きが災いしたのか、子供2人がポップスの作曲家と、クラッシック演奏家を目指すようになったのか?…とちょっと後悔?もなくは無いけど。

70年代半ばから音楽が生きることを助けてくれたけど、黒歴史(?)を抜けて、本当に暗い話に突入?笑

中学時代を少し遡って、彼氏とかの話。

曲はこの頃好きだった、ジェームス・テイラー祭りで。笑
モータウンサウンドも、彼だとほっこりになる『How Sweet It Is』

ヤクザ撃退後の日々の生活

ジェームス・テイラーは、当時は何か勝手に、優しい育ちの良さそうな感じがしてた。実際、裕福な家庭の人だったみたいだけど。笑
暗い曲も聴いたけど、とりあえず彼の優しい声に癒されていて。
ビリー・ジョエル、ホール&オーツ、JTは私を慰めてくれた、トリオ。
スティービーもいたけど。

また、ちょっとフィクション風に。笑
とりあえず、◯クザか闇金は撃退した。
母が「電車に飛び込んで死のう」としたのは、止めて母を仕事に行かせた。
E子は部活をやめて、母が帰るまでにご飯を炊く、洗濯物を取り入れて、お風呂を掃除するが日課に。
母はスーパーで、品出しから始めて働きだした。が、やっぱり体力的にはかなりキツかったようで。
お嬢様育ちで、お茶やお花にお琴まで習ってた人だし、働いた経験も主に事務だけ。当時、40歳ぐらい。
重い箱を裏から運んで、冷気が漂う棚に並べるのは、寒くなるほど応えたようだったけど、食べていくには仕方がない。
7時まで働いて、お店で買い物をして、徒歩5分ぐらいで帰ってくる。
E子は、家にオカズを作る材料も無いし、作り方もわからないから、ひたすらご飯を炊くだけ。
段々と自分で試して、料理は出来るようにはなったけど。
休みの日には、まず目玉焼きから卵焼きとか、家に常備されている食材で、母に聞きながら作り方を覚えて。
お味噌汁は、各種作れるようにはなったけど、具の材料が無いことが多くて、汁だけ作っても…って。
白い食卓は、相変わらず続いて。母がオカズを作る気力が無くて、仕事終わりには値引きになる惣菜でも、安いからか残る率が高かったからか?何故かポテトサラダばっかりで。
豆腐を買って来たら、私が速攻で味噌汁にすることもあったけど、暑い時期は変わらず、冷奴。
エノキの代わりに、ポテトサラダと、冷奴にご飯が、準定番に。
寒くなると、ひたすら毎日、白菜、エノキ、豆腐の白い鍋。出し昆布はあったから、水につけておくのは、私の役目。

私が生まれた頃には、市販されてたようだけど、美味しい物が好きなハイカラなお嬢様だった同居する祖母が、美味しいからと、お醤油にレモンを各自絞るで、小学生時代は、鍋にはレモンがマストだった。
レモンなんてお金が無いと買えないから、我が家にぽん酢って柑橘の入った酢だけのや、醤油も入ってる味ぽんって、メーカーの品物が登場したのは、この頃。
味ぽんがあるだけで、鍋の中身は相変わらず、真っ白だったけど、ご飯のオカズにはなった。
たまに安くなってた、魚とかを母が買って来たら、雑炊にしよう!となり、ご飯の消費が少なくなる、雑炊に。代わりに卵を1個だけは使う。海苔は貰い物がある時だけ入る感じで。

彼氏のプレゼント問題

公立に変わることは許されす。
せっかく入った学校ではあるけど、10円か借りられない私には、楽しいばかりではなく。
彼氏との付き合いも、彼がデートしたら、お茶を飲んだら「男が払う!」って躾られてた人だから、定期券さえあれば、たまに電車賃の一部を払うだけで、デート出来たから、付き合いは続いてたけど。

難関はクリスマス。彼は誕生日が、付き合い始めてすぐだった。
ある日何気なく「誕生日はいつ?」って聞いたら、なんと既に2週間ほど前に終わってて。
言われないと、さすがに夏休みだし毎日会わないと、わかるハズはなく。
申し訳なく思ったから、つい「じゃあクリスマスには、その分も何とかするね」的なことを言ってしまい。自業自得のドツボに。
友達にも相談した。彼女らの答えでは、「クリスマスと誕生日を合わせてなら、マフラーぐらいでは、あかんのと違う?」って。まあ、おっしゃる通りで。

アルバムで、頭のこの曲のイントロだとテンションが上がった。ベースラインとか、アレンジもちょうど良い曲。
アルバム全体もよく聴いたかなぁ。
『Your Smiling Face 』

私は、こんな感じだけど、実は昔から手芸好き。小学生時代の部活は、スポーツ系と文化系とどっちもやらないとダメで。
夏は確か、懐かしい「ポートボール」部。
バスケのゴールの代わりに、人が台に乗りゴールになって、ボールがキャッチ出来たら、点数が入るアレ。
寒くなってからは、文化系クラブにまた分かれて私は手芸部に。
フェルトで小物作ったり、リリヤーンって、糸で紐を編むアレにもハマった。
懐かしいハマナカの、プラスチックの網状の物に、ビニール系?のカラフルな糸を刺して、最終的には繋いで、バックなんかにする奴は、夏休みの自由課題で作ったり。
母は洋裁、祖母は和裁をやってたし、編み物もしたから、私もセーター編んだり、洋服を作るのは当たり前な感じの環境にいたせいか、小学生終わりには、マフラーぐらいは編めるようになり。
で、貧乏が始まってからは、買うとセーターやコートは高い。Tシャツは安くても。
だから、自分で色々着る物も編むようになったけど、その始まりが、彼氏へのプレゼントのセーターで。

彼氏がいることを察知した母

母は他は、全く気が回らない癖に、彼氏が出来たことだけは、すぐに気付いたようで。
ある夜、お風呂から上がり、洗面所で鏡に向かって髪を乾かしてたら、後ろから母が来て、E子に言った。
死のうの話から、わりとすぐ、新学期が始まってすぐの頃。
「彼氏いるみたいやけど、子供が出来るよなことは、絶対したらあかん」と、怖い顔で、突然言い出した。
後ろから鏡に現れて、何を言うんや!この人は…と。
唖然としたとはこのことで。まだ手を繋いでもいない。好きは言ってくれたけど、結婚したいの手紙を貰う前。
いきなり話が飛躍し過ぎて、ポカーンな感じで。
意味は一応理解したから「何もしてないし、そんなことしないし」と答えた。母は、まだ睨みながら「絶対あかんからな」と、言い置いて消えた。
闇金騒ぎに死のうの後は、今度はこんな説教か?となり。
あの時死んでたら、子供作るとか、キスもしないまま死ぬ?
心配するのはわかるけど、いきなり子供とか。まだ当時の中学生は、そんなことがわかるか?どうかぐらい、知識も何も無い時代。
ヤンキー仲間がいたら、色々知ったかも知れないけど、友達は超のつくお嬢様がメイン。
誰も小学校のフォークダンス以来、男子と手すら繋いだことがない子、しかいないのに。いきなり子供とか。妊娠するようなことはするなとか。
やっぱりこの人、色々とぶっ飛んでるのか、ちょっとどうかしてる。
だいたい妹も心配だから、放課後会っても、1時間ぐらいで明るい時間に帰ってたし、キスするする雰囲気にもならない。
10ヵ月ぐらい付き合い、相手の家にも行って紹介され、母がうるさいから、E子の家にも来た。手も数回繋いたか?ぐらいで。

初作品は失敗作?

編み物はまだ初心者の癖に、人へのプレゼントにするなんて、無謀。
でも、友達から普通の住宅街の中に、色々な毛糸を売ってる店が、あると聞いた。
そこは、多分問屋かメーカーと繋がりがあり、在庫処分品のような物が、高い天井までいっぱいに積まれていて。
確かに見てると、元値段がビックリする桁が2つぐらい違う、1玉が2000円ぐらいの輸入毛糸が、200円になってたり、ワンダーランドな店。

『Carolina in My Mind』
ビリーはニューヨークの想いだけど、こっちは、ジェームスの地元、キャロライナの想い。
曲調も雰囲気も全く違う。オリジナルは、元ビートルズのポールも参加した曲。このレコーディングじゃないけど。
この後の時期、雑誌で写真を見てジェームス・テイラーと、ジャクソン・ブラウンどっちがよりカッコ良いか、比べたりしたな。笑
若い時期のテイラーと、少し下のブラウンは、髪型も似てるし、優しげな雰囲気も同じ。この時期には、ちょっと大人の男性風になってたけど。
テイラーのほうが、繊細で影がある感じが匂ったから、ブラウンか?笑
身長は確か、テイラーが高かった?とか、アイドル的な感じでも、彼らは若かったからわりと好きでもあり。
初の彼氏は、全く違ったけど。似てたのは体型だけ?笑
彼は良く言えば、松田優作に似てなくもない。が、松田優作からカッコ良い要素を、全部抜いた感じの見た目。
何故カッコ良い部分が、残ってないのか?だけど、現実はそんなモノ?笑
ま、たまにイケメンも、寄って来たりはしたけど、彼氏にはなってくれなかったり。
彼氏には、顔は重視してなかったけど、好きなアーティストが、嫌いな顔だと中学女子だとやっぱり、イマイチになったり。音楽だけで好きになった人が、大半だけど、見た目も少しは重要で。

訳あり商品が多いから、セーター1枚ぐらいなら編めるけど…な毛糸もたくさんあり。
制服の下に着るセーターだから、薄めになる細い糸、白か紺あたりが指定だったから、白に細い紺とオレンジのラインが胸に入ったデザインにして、毛糸探し。
千円ぐらいで、全部の材料は揃った。
首や袖口は紺、全体に生成色の、気に入ったデザインになった。
が、基本の編み方は知ってたけど、接ぎ合わせるコツや、詳しい方法が本には無くて、首周りを閉じる時にキツくなり過ぎたようで。
あげた時は、喜んでくれたし、次に会った時は着てくれてたけど、「ちょっと首がキツくて、着る時大変やねん」って言われ。
触ってみると、確かに伸びない。「あかん!どうしよう?」ってなり、「直すから、しばらく預かって良い?」って。
セーターは戻ってきた。
本には書いてないし、どうしよう?だし、母は疲れてそんな相談も出来ず。
何とか自分で、閉じ方を考えて、直した。

高いクリスマスプレゼント

「結婚したい」の手紙の後の時期が、クリスマスの時期で。
お母さんとオシャレな高校生のお姉さんが、プレゼント選びのブレーン。
相談したら、絶対今はオシャレな中高校生女子には、流行ってたブランド物の、可愛い形の小銭入れが良い!って意見だったらしく。
彼がちょっと、学校をサボったりするようになり始めたけど、私と付き合い始めてからは、毎日行くようになったせいか、お母さんには感謝されて、気に入られていて。
家に遊びに来い、って言われて行ったら、お母さんは、超色気のある美人だった。
お姉さんは前に、スケボーの大会を応援に行って既に会ってた。
お姉さんは、自分とは比べ物にならないレベルで、キレイでオシャレでカッコ良い感じだった。
お姉さんは、多分お母さん似。お父さんには会ってないけど、彼は全く2人とは似てないから、おそらくお父さん似。
強力な女子2人が、お金の面でも買いに行くのもアシストがあったらしく。
後に聞いたら、「母さんと行ったし、お金もだいぶ出して貰った」らしい。
だいたい、当時で3万円超える値段の品物だとは知ってた。学校の子が何人も持ってたから。
貧乏な私は、「どうせ、3万円出すなら、普通の財布にして欲しかった」はあった。
可愛い形だけど、小銭入れだから、お札は八つ折りぐらい折り畳まないと、入らないし。実用性はかなり低い。
小さいからカバンの中でも、すぐに迷子になるし。
叔母さんがくれた、お札だけしか入らないイタリア製の財布と、小銭入れを2つ持ち。
私にしたら、「3万円あったら、食べたい物も食べられるし、アレもコレも買える!」なだけに、せっかくくれたプレゼントだけど、付き合って半年足らずで、こんな高価な物で、イマイチ役に立たないのが、やっぱり複雑で。
まさか女子中学生が、クリスマスプレゼントに「現金ちょーだい」なんて、キャバ嬢以下なことも言えないけど。
当時だから、ブランド品の買い取りする店もなかったから、別れてから使うにはちょっとだったから、ラブ・レターなんかと一緒に箱にしまってた。

やっぱり、外せない曲の
『You've Got A Friend』本来は元気が無くて曲を贈られたほうが、カバーしちゃうのも、ほのぼのはするけど。
キャロル・キングではなく、シングルカットした彼のバージョンがヒット。
でも2人仲良く、グラミー賞の最優秀男性ポップボーカル賞、キャロルは最優秀楽曲賞を受賞。
この曲は、もちろんメロディーも歌詞も、全体が良いけど、アコースティック・ギターの音がきれいで、ギターが絶妙に鳴るアレンジが、1番のお気に入りポイント。
歌声も超マイルドで優しい。意外に、わりとテンポ早めだけど。
癒しが欲しかった私には、やっぱりこの曲とこのバージョンが沁みた。
で、最近仕事で、長く同じ部署にいた、2人と元男子と、別々に初めてじっくり話をした。
仕事中は、なかなかゆっくり話せないし、プライベートな話も男子とはしにくくて。向こうも多分そう。周りに変に勘ぐられたりもイヤだし。
皆んな、お互いに恋愛感情なんかは、全くなかったのに、1人の男子が「お前、もう1人のアイツと付き合ってたん?」とか言い出して、爆笑した。
どちらとも、仲良くなり過ぎず、理解はし合えるけど…で付き合って来たけど、まさか、そんな風に考えてたか?で。
どちらかと言うと、言い出した本人がよく凹んでたから、彼のほうにたくさん、「大丈夫?」とか声を掛けてきたのに。笑
まあ、色々わかってない感じ、察しが悪い感じが、彼の良い部分、人柄でもあるから、良いんだけど。
それぐらい、やっぱり男女の友情は、難しい。笑

今より余裕があったかも?

編み物をやるなら、やっぱり基本は大事だなぁとなり。
また別の友人から、「アソコの百貨店の毛糸売り場は、おばちゃんがめちゃくちゃ親切で、色々と教えてくれるで」との情報が。
今は、百貨店には毛糸売り場すら、無くなって久しい。
近くの商店街の手芸兼毛糸屋さんも、何年か前には閉店。その前から、既に開店休業状態だったけど。
編み物する人も、手芸する人も減り続けてるから、仕方ない。

で、売り場へ行ってみた。おばちゃんは、自分も展示用のセーターとかを、編みながら、来てるお客さんに教えたりしていて。弟子入りを決意。
「私全くちゃんとしたことは、知りません!お願いだから、ちゃんと教えて下さい!」って感じで、話してみて毛糸選びの基本から教えて貰い。
最初のはコート代わりに羽織れる、太い糸で、カーディガンを作ることに。
毛糸代は確かに高め。でも、無料レッスン付き。
1枚だと10個ぐらい必要。1個ずつ買ったら、10回は通える。
系の向き不向きや、基本の編み方も早く編める方法を教わり。ゲージの編み方から、目の作り方、閉じ方まで色々。
次に、膝丈のコート風のカーディガンは、セーラーカラーにしたいと相談。
襟付きのカーディガンも、製図の仕方や、本のサイズを作りたいサイズに直す、方法まで教えてくれて。
やっぱり、プロはプロだなぁだったし、そんなプロを雇う余裕が、百貨店にもあった時代で。
仲良くなってからは、その日は毛糸を買わなくても、わからない部分を聞いたら、教えてくれるようになり。
超即成で、編み物がわかるように。
作った物は、彼氏ににあげたり、母が勝手に処分したから,写真で残せば良かった。
ワンピースや、著作権大丈夫か?なマチスの絵をセーターにしたり、オリジナルの柄も考えたり。
手間賃を貰って、カウンチンセーターを、ご夫婦ペアで編んだりもした。
バイトとしては、全くお金にならなかったけど、大好きだったパートのお姉さん?おばちゃん?の、良いクリスマスプレゼントになったから、それで良くて。
妹にも友達にも教えた。
その妹いわく「彼氏のためのセーターでも、テレビを観ながら、そんな速さで手元も見ずに編んでたら、愛情は篭ってない感じやな!」とか言われてたけど。

別れる前の時期、やたら最近自分の友達が彼女とキスした話を、色々としてたから、突然「嫌いになってないけど、別れて欲しい」は、おそらく何もなかったことが大きかったかで。
しょーむな!って感じたけど、手を繋いでも、母のあの恐ろしい顔が浮かんだのは確か。効果は絶大。
振られたのも、結局母のせいか?ともなり。初彼氏とは、そんな形で終わったけど、通学路は同じだから、度々顔は見ることになる。会いたくないのに。
彼は見ていただけだと、何だかE子にはちょうど良い加減の人で。お金持ちな感じは、自分に釣り合う人は、いなかったからそこは別として。
イケメンでもなく、でもちょっとオシャレで、同じテニス部で、他のスポーツも出来るし好き。
本はほぼ読まないし、音楽は洋楽は聴くけど、オシャレな人のたしなみ程度で。
身長もそこそこで、嫌いな顔では無いし。
だけど、所詮それだけな感じで。
好きだったけど、毎日考えてドキドキするような相手でも無く。毎日ずっと一緒にいたいとか、そんな感じでも無く。
社会人になって、結婚?とかが浮かぶようになり、考えざるを得なくなった時期とは違い、彼のスペックを考えたりしない。
純粋にその人だけを、好きな気持ちはあったけど。
やっぱり、恋愛ごっこが楽しかったから、付き合うってどんな感じ?を知りたかったから、何となくそのまま続いてた感じで。

「Handy Man 』
こんな、ハンディマンが、真面目に欲しかったわ〜な感じ。笑
この曲はカバー。オリジナルは60年のジミー・ジョーンズ、ビルボードの2位曲。64年に女性の、デル・シャノンがカバー。
で、77年に、A面ではなく、B面でシングルに。A面は上で紹介した曲
『Your Smiling Face 』
こっちは、B面だけどチャート4位に。実は1番好きな、JTの曲はコレ。自作じゃないけど。
彼の作る曲も好きだけど、わりと似た雰囲気になる。
だから、おそらく色々人のカバー曲も、アルバムに入れていたかと。
何より、歌詞が「僕は心の何でも屋さん。おいでおいで」こんな歌詞は、やさぐれた女子中学生は、もうハマるしかなくて。笑
私が初めて曲を録音したのが、多分「ジェット・ストリーム」で、イントロの頭でも、まだ城達也さんが喋ってる声込みで、よく覚えてる。
内容は最後だけだから、ほぼ、ジェームス・テイラー、『ハンディマン』だったかなぁで。
あんなに優しい声で、♪カムカムカムカム〜とか言われたら、近かったらすぐに行っちゃう勢いで。笑
アメリカは、遠かったし、曲の歌詞だから、私に言ってる訳がないのも、百も承知でも。
本気で心の修理屋さんが、必要だったなぁ〜で。彼氏には、荷が重過ぎただろうけど、本気で欲しかった。笑

彼氏って何?

彼氏を嫌にもならなかったし、よそ見しようなんて気持ちもなかったけど。
家の状況も悪かったから、振られても、
「仕方ない」って、何でもすぐに諦めてしまうようになり。
しばらくは寂しいか?はあったけど、楽しかったから戻りたいとかでもなくて。
流されるまま付き合って、何故か向こうから振られたから、理不尽さはあった。
が、人生が理不尽極まりなかったE子には、「またこうなるか?」ってなった感じはあり。
「どうせ、私には良いことは起こらない」って、そんな感じだった。
自分のことで精一杯。彼がE子を好きだから、キスしたがっているのか、単に興味本位だったかも、考えたこともなく。
全部聞き流していた感じだし、年明けからは、自分はどんどんメンタルは悪くなっていき。
彼とは喧嘩することもなく。会わないとかはなく。メンタルが、最悪になった頃に振られた。

プレゼントはどうなったか?

プレゼントの小銭入れや、色々入った箱は、かなり後に実家が引っ越しした時に、母親が全部まとめて捨ていて、めちゃくちゃに腹が立ってる。
1人暮らしする時に、持って行けなくて実家に置いてた、私の青春時代の詰まった物を、「捨てたから」って、事後報告。
卒論の大事な資料も、ラブレターも、小銭入れも、別のプレゼントも全部まとめて捨てられていて。真面目に親として、やっぱりダメ過ぎる。せめて、聞いてから捨てろよ!って。
だのに、その彼が何故か誕生日にくれた、訳のわからない高そうな、海外製の壁飾りになる鏡と、大学時代の彼氏がくれたこっちも謎の壁飾り。ピエロがサックス吹いてる柄の、その2点は未だに実家の壁に。
母が気に入ったから、勝手に飾ってて。
彼氏から貰ったのも知ってるし、別れたのも知ってるのに、何十年後の今も帰ると見るハメに。なんじゃそりゃ!だけど。笑

そして、この彼氏は、ターミネーターなのか、また戻ってくるし。笑
「I “ll ba back」とは、言わなかったけど。

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