ゲーム業界からアダルト業界に転職したアラサー女の人生備忘録①
はじめに
人生の備忘録です
何も考えずつらつらと書きますので読みにくいかも
この記事では、自分の幼少期からゲーム業界を目指すまでを書きます。
自己
名前:おのとかげ
性別:女
年齢:30代前半
MBTI:INFJ
経歴:ゲーム業界6年→アダルト業界3年
(アダルト業界=ゲームではなく俗にいうエロいサイトの業界です)
人生おさらい
運動神経は生まれつき良かった気がする。
私は10ヶ月で歩き始めて、3歳で補助輪なしで自転車に乗ったって散々母親が言っていた。私は幼いながらも特別な人間なのかなと思った。
3個上の兄は勉強ができるが運動音痴だった。放課後に鉄棒で逆上がりをさせようと必死になっている母親と兄が脳裏によぎり続けている。
常に兄と比較されながら過ごした。
ちなみに両親共にゲーム、アニメに一切興味がない
小2
友達がDSiでニンテンドックスをしていて衝撃をうけた。
なんだこの面白いゲームは。
小3
読書感想文コンクールで最優秀賞を取ってしまった。ほぼ母親が書いていた気がするけど、特に気にせず自分はすごいということにした。
小4
物心ついた時から習い事をする毎日
水泳、そろばん、英語、エレクトーン、バレエ、将棋、バスケ、ダンス等
勉強もスポーツも得意で、クラスでいうと人気者枠だったように思う。
人前で話すのも好きだったし、人の上に立つリーダーになりたがるような性格だった。
親友のAといつも一緒に帰って、週末は絶対に遊んでた。楽しかった。
とにかく「自慢」するのが好きだった。すごいねと言われるのが嬉しかった。
小5
引越しイベントが発生。
面白そうだからという理由だけで転校した。
転校後、すぐに友達がたくさんできた。
いつも一緒に帰っている友達Bからもらった年賀状には新年のあいさつと共にオレンジのペンでこう書かれていた
「じまんのしすぎに注意!」
自分が自慢をしすぎている人間であることを初めて知った。
小6
原因は覚えてないが、授業中に寝るようになった
成績も落ちてきて、母親に怒られる回数も増えてきた
怒られたくなかったので、テストでカンニングする癖がついてしまい、
先生に呼び出されて怒られた。
中学生
先輩が怖いと噂の卓球部に、転校前の親友Aと入部した。
偶然、転校後に一番仲良くしていた友達Bも入部した。
怖い先輩は私が小さい頃に遊んでいた人だったり、兄の友達だったので、めっちゃ私だけ贔屓される日々が続いた結果、親友に無視されるようになった。この時期から母親に学校の出来事を話すことをやめた。
ここで2つ学んだことがある
①どんなに仲が良くても友情は一瞬で壊れること
②女の嫉妬は怖いこと
おまけにAの母親も私を無視するようになった
親子だなと思った
部活中にAから遠回しに容姿批判をされて、自分の顔が嫌いになった。
(数年後、それは醜形恐怖症だったことに気づく)
いかに嫌われないかを常に考えて行動していると、
いじられキャラを演じることに着地。
そのうちその性格はキャラではなく、本物になった。
何を言われてもニコニコして、部活帰りは自分からセカバンを持ちに行ったりして。明らかに悪口みたいなあだ名をつけられたけど、みんな楽しそうなので良しとした。
ちなみにBはアメブロで私の悪口を長文で書いていた。ヤバすぎ。
いかに人に嫌われないかを考えていたら、勉強する時間なんて残ってなかった。現実逃避のためにひたすら毎日3時まで3DSをした。
成績は下がり続けて、生徒会長の兄には馬鹿にされるし、母親には怒られるから、家族は信じれんなと思った。
心身ズタボロになりながらも、なんとか志望校に合格して卒業。
AもBもいない高校。こんなに嬉しいことはない。
私は中学生ながら、人との距離感の大切さを学んだ。
高校生
自慢は悪と知った状態での新生活。
部活はバレー部と美術部で迷ったが、髪を短くしたくなかったから美術部にした。結果めちゃくちゃ楽しい部活で幸せだった。
勉強は本当にできなくて、学年最下位をとることもあった。
毎日授業は寝てばっかりで、赤点を取るのがデフォに。
でも中学生活より何百倍も楽だった。
ただ、自分の無力さと顔が嫌いすぎてどうにかなりそうだったくらいか。
醜形恐怖症と知った私は勇気を出して母親に相談してカウンセリングに行くことに。
先生にいろいろと打ち明けてみたが
実は先生は母親の友達で、同じマンションに住んでいる人間だった。
相談した内容が母親に筒抜けで、ああ、やっぱり信じれないなと思った。
得意な科目は体育、美術、音楽。苦手な科目はそれ以外。
趣味、PC、イラスト、ゲーム。
おまけに自分の顔が大嫌い。かなりヤバい。お先真っ暗。
PCを触る情報の授業が楽しかったのは覚えてる。
情報系を学べる大学を探したら、あった。
母親は自分の進路を応援してくれてとても嬉しかった。
学力が0に近い私はAO入試で無事に合格。高校で一番早く進路が決まった。
直前まで塾に行ってたけど、何も役に立たなかった。
高校入学後から勉強と睡眠時間を削って自分のまぶたをヘアピンでなぞり続けてたら、卒業直前に二重になった。
大学生
自分を知っている人間が1人もいない環境が本当に最高で、好きな分野も学べて毎日が天国だった。今までの苦労が報われた気がした。
もちろん友達もたくさんできて、本当に嬉しい。
メイクもできるようになり、多少自分に自信が持てるようになった。
進路を考え始めた。特に決めてなかったけど、PCと向き合う仕事が向いてそうだなと思った。
ある日、ゲームを作る授業を受けた。
チームメンバーが誰も手伝ってくれなかったから、自分で企画から実装まで全部した。授業で一番良かったと評価を受けて、Unityのキーホルダーをもらった。
ゲームを作る楽しさを知って、専門スキルがいらないゲームプランナーを目指すようになった。
デザインとプログラミングの知識がちょっとあることを売りにしてたら、なんやかんやでゲームプランナーとして内定をもらった。
▶︎次回
ADHD発覚!?ゲームプランナー女、大苦戦
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