深圳のHuaweiショップで見つけた、約2万円の茶淹れポットの話 — 「圧倒するガラパゴス」を読む

今回も深圳に行きました。香港から地下鉄一本、1時間少々の旅です。
私は香港に住んでいて、月に何度か中国本土に足を伸ばします。深圳・華強北の電子街に、Huaweiのフラッグシップ店があります。DJIの旗艦店やMcDonald'sと並ぶあたりで、白い大きな建物に「HUAWEI」の文字。Apple Storeの中国版、と言っても伝わると思います。

店の前の広場では、青と赤のLEDがフラッシュする中国警察の小さな監視ロボットがゆっくりと巡回していました。中国らしい、深圳らしい、いつもの光景です。もっとも今回は、店の中にもっと雄弁なものがいたのですが——それは後ほど。
第一の驚き — 二つのフォルダブル
入ってすぐ目に飛び込んできたのは、二つのフォルダブル端末でした。
一つは HUAWEI MateBook Fold 非凡大師。折りたたみ式のノートブックです。開くと18インチの大きな一枚OLED、閉じると13インチ。面白いのは三つの使い方ができるところで——

広げると、下のキーボードより大画面になります。
18インチの一枚OLEDです。

半折りにすると、下半分がバーチャルキーボードに早変わりします。手前の赤いのが別売の物理キーボードです。カバンに一枚忍ばせれば、カフェのテーブルが作業場になります。
つまり
全開で18インチのタブレット
半折りで13インチ表示+下段はバーチャルキーボード
折りたたんで赤い物理キーボードと組むラップトップ形態
この三形態を一台で切り替えます。チップはHuawei自家設計の麒麟X90、OSはHarmonyOS。Huawei公式によれば価格は32GB/1TBの基本構成で¥23,999元(約50万円)、32GB/2TBの上位が¥26,999元(約57万円)です。
その近くに、HUAWEI Pura X Maxが並んでいました。こちらはフォルダブルの「スマホ」です。

左のオレンジが折りたたんだ状態、右の黒い画面が開いた状態。
開くとちょうどiPad miniと同じくらいのサイズになります。

これまでになかったフォームファクターが目を引きます。
次期iPhoneもこのサイズ感で折りたたみになるのでは、という噂が出ていますが、Huaweiはもうこれを店頭で普通に売っています。カラーはオレンジ、ベージュ、ネイビー、シルバー、ブラックの5色。Kirinチップ搭載でHarmonyOS動作。価格は¥10,999元(約23万円)からで、最上位の典蔵版が¥13,999元(約29万円)です。
二台とも、ただただ唸らされました。
ところが
二台の端末に見入っているうち、壁際に、なんとも地味なものが置かれているのに気づきました。

鴻蒙智選 泡茶杯(鴻蒙=HarmonyOS、智選=セレクト、泡茶杯=茶淹れカップ)。製造は哈爾斯(Haers)という、中国の保温ボトル大手です。

要するに、茶こし付きの保温ボトル、です。
それが、店頭の価格表を見ると——純チタン版¥999元(約2万1千円)、スタンダードの星閃版¥299元(約6千円)。

地味に唸ったのは純チタン版の方です。チャイナポッドが2万円。
しかも、そのキャップ部分をよく見ると——

「NearLink」のロゴが刻印されています。Bluetoothのロゴはどこにもない。そして上にはUSB-Cの充電ポート。つまりこれは、バッテリーとチップを内蔵した、無線接続可能なスマートデバイスです。
ただの保温ボトル——ではありませんでした。
このポットは、Huaweiスマホと繋がって使うデバイスです。緑茶を適温で蒸らしきるには、温度と時間の管理が要ります。カップの中の水温をスマホでリアルタイムに確認しながら、茶葉別のレシピで蒸らし時間を設定する。完了すれば別の部屋にいてもバイブで知らせてくれる。Bluetoothでも概ねできる話ですが、接続が途切れず遠くまで届くのがNearLinkの強みで、そのためのチップを、お茶のポットに入れてしまいました。
NearLink とは
NearLink(中国語では「星閃」)は、Huaweiが主導する中国独自の短距離無線通信規格です。BluetoothとWi-Fiのいいとこどりを目指した規格、と思ってください。
技術の細かい話は省きます。かわりに数字を二つだけ。
通信遅延は20マイクロ秒(最高速モード)。一般的なBluetooth 5.xは15〜20ミリ秒なので、差は約750倍以上です
累計出荷は1億チップ(2026年4月時点)
性能でBluetoothを大きく上回り、かつ普及量はもう「実験規格」の域を超えています。NearLink Allianceには自動車メーカー、半導体メーカー、研究機関を含む300社以上が加盟(2023年9月時点、同年11月には430社超)。そのNearLinkを搭載した一般家電が、あの茶こしポットというわけです。
ただ、数字は印象的でも、この規格を世界が採用するかどうかは、まったく別の話です。
価格の階段、そして同じ規格
深圳のこのフラッグシップ店で見たものを、価格順に並べてみます。

最高と最低の価格差は、およそ120倍です。
それでも、これらすべてが同じNearLinkで繋がるように設計されています。
4,800円のマウスから57万円のフォルダブルノートまで、全価格帯に自社規格のエコシステムを敷き詰める。入口は安く広く、出口は深く高く。数千円帯でNearLinkの世界に触れた人が、そのまま数十万円帯へと階段を登っていく——規格が統一されているからこそ、この階段が滑らかに繋がるわけです。
統一の便利さ、その代償
規格を統一すると、何が起きるか。
良いことはたくさんあります。設定をいじらなくても機器が繋がります。遅延が小さく、音声と映像の同期が綺麗です。電池も持つ。同じメーカーで揃えれば、開発者にも消費者にも分かりやすい。HuaweiがNearLinkでやっているのは、まさにこれです。
ただ、その裏で、別のことも起きます。統一規格に乗ったエコシステムは、それを超える新しい規格を容易には取り込めなくなる、ということです。Apple・Amazon・Googleが共同策定した国際スマートホーム規格「Matter」が普及しつつあり、世界の大半はそちらを向いています。しかしNearLinkはそれとは繋がらない。Huaweiの世界の中で完結し、その完結性が便利さと閉鎖性を同時に生んでいます。
これは、かつての日本が陥った状況に、形だけ見れば似ています。「ガラパゴス」と呼ばれていたあの状態です。日本独自の携帯電話、独自のおサイフケータイ、独自の電子マネー。便利だけれど世界の主流からは外れていて、結果として日本メーカーの世界シェアは縮んでいきました。
しかし、中国のガラパゴスは、形は似ていても結果が違うかもしれません。NearLinkチップは2年で1億個。300社超の連合。茶こしポットが2万円で売れる消費者層。Appleのエコシステムに対抗できるだけの規模と速度と内需を、すでに中国は持っています。
衰退する閉鎖ではなく、世界を圧倒する閉鎖——深圳の店頭で感じたのは、そういうことでした。
でも正直に言えば、この「圧倒」がどこかの時点で「衰退」に変わらないとは言い切れません。規模があれば生き残れるとは、歴史が保証していないのです。
どちらの便利さを選びますか
私は香港に住んでいるので、HuaweiのスマホもiPhoneも、両方の世界を行き来できる立場にいます。中国側に渡れば、NearLinkとHarmonyOSで滑らかに繋がる世界があります。香港や日本に戻れば、BluetoothとiPhoneとGoogleの世界です。バラバラだけれど、選べる世界です。
どちらが好きか、と聞かれると、正直答えに困ります。統一の中でものごとがシームレスに動く気持ちよさは、確かにあります。一方で、いろいろなメーカーから自分で選んで組み合わせる、その自由も捨てがたい。
毎月2〜3回国境を越えながら、NearLinkもBluetoothも中途半端に使っている私こそが、もっともガラパゴスかもしれません。
ただ、一つだけ確かなことがあります。深圳の店頭であの2万円の茶こしポットを見たとき、それはものすごく雄弁でした。
「私たちは、フラッグシップから日用品まで、全部自分たちの規格で覆い尽くしました。世界の主流とは繋がらないけれど、私たちの中だけで全部完結します。この内側で生きていく分には、何の不便もありません。」
茶こしポットが、そう言っているように、私には聞こえました。
かつての日本の携帯電話には、この声は出せませんでした。
——では、10年後のこのポット、まだそう言っているでしょうか。
(写真撮影 深圳・華強北 HUAWEI 旗艦店)
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
メインのネタはここまでです。今回の深圳で目についたもの、買ったものをいくつか書き残しておきます。
ここから先は

俺流トラベルガジェット
このマガジンではスマートフォン、パソコン、カメラ、ドローンで私が日々使っているモノやそれらを使いやすくする周辺機器を紹介していきます。 こ…
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
