年老いたクリスチャン。
─6月9日(火) 「年老いたクリスチャン」
毎日、市民の家に出向き、住宅改造のための評価をしている。
今日訪問した高齢の男性は、先週、薬をたくさん飲んで死のうとしたのだと言った。こちらの質問に対する回答の内容が、答えるうちに少しずつずれていく。妻の命日を教えてくれたが、何年だったかは言えなかった。
この男性はクリスチャンだった。
一人暮らしの高齢者の拠り所は、この世に余り残されていない。彼らは、自分が天国に近づいていることに、多かれ少なかれ気がついている。
───教会にもう何年も行っていない。もう何年も祈りを捧げていない。最後に主の名を呼んだのはいつだろう。はたして自分は天国に入れてもらえるのだろうか。
そんな想いを、どこか心の片隅に置いている年老いたクリスチャンがいる。
私は、そういう羊を見つけたときには、彼らに群れに戻るように励ます。
そうすると彼らはたいてい聖書の話を、特に創世記の話を持ち出して、少し笑う。
でも、私にはもう用意ができている。
キリストが、彼らのうちに今も生きていると信じる。
彼らは私の目を見て、長い長い物語の終わりを語るかのような表情を浮かべる。
それはどんな住宅改造にも負けない力になる、かもしれない。
彼らの家を出て、私はそう願っている。
