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素直な心。ありがとう

先日、末っ子の合唱発表会の参観へ行きました。
わが家には3人の息子がいます。
今年で13年目の小学校。

席取りの段取りももうお手のもの
カメラのセットもぬかりなく。

始まるまでのざわざわとした保護者たちの様子も
何年来ても変わらない冬の体育館の冷えることも

毎年毎年お決まりごと。

とりわけなんの気負いもなく
席に腰かけ始まりを待ち

そろそろ足元が冷えてきたなと思う頃に
司会のアナウンス。

前奏が奏でられ
ようやく始まるや否や、


まぁ、なんと。。


築60年の体育館ではもう頼りないほど
空へ抜けるがごとく響き渡る
子供たちの力強くも美しいハーモニー。

あぁ、そうなんだよ。
そう、そう。
この感覚。。


体育館で聞く子供たちの歌声

どうしていつも
こんなに心が震えるのでしょう。

滑らかな指の動き、
曲調を意識し正確ながらも情緒ある教師のピアノ伴奏に乗せられて

高学年ともなり、驚くほどに上手に使えるようになった裏声には
その教師の強い意気込みと指導があったことが想像できます。

しかし

子供たち一人一人の成長した堂々と立つ姿、
顔つき、
輝く眼差しは
指導を誠実に受けた証。

「みんなで美しい歌声を届けよう」

素直さ故の
確かな意志が伝わってくるのです。


「素直な心」


ひとは自分以外の誰かを思いやる気持ちを
それこそ、
まだ歩けないような赤ちゃんの頃から
自分を大切にしてくれるひとたちから学んでいきます。

「抱っこしてもらったのー、よかったねー。ありがとうやね」

「おいしいのいただいたねー。うん、まんま、まんま。
うれしいね。ありがとうやね」

「あーとーやねー」

なんて。。

心地よさ、幸福感を与えてくれたひとに対して
「ありがとう」を伝えることを知り、
それはいつしか感謝することと学びを重ね、

その心をわがもだれかに向けると
だれかが幸せを感じてくれる。

「ありがとう」って。


「ありがとう」の連鎖が
「思いやりの心」をはぐくむ。


「思いやりの心」こそ鏡に映した
「素直な心」


きれいに磨かれた鏡に映るならば、

素直な心は真の心のまま真心となるけれど、

汚れ傷ついた鏡では

素直な心は穢れ枯れ果て不実の心となる。



はぐくまれたはずの思いやりの心は
肉体の成長と変化、外的な刺激に晒され
そのときのままの姿であり続けることは
叶わないかもしれない。

けれど、わたしたちは
素直な心を真の心のまま真心として
全身全力、
歌で表現する彼らを見て

その欠けたパーツを取り戻そう
とか
錆びたところに油を刺そうかな
とか

澄み渡る声に耳を傾け
きっと心を震わせているのでしょう。



寒空の中、風を切って家路についてから
毎年決まって
体育館で冷えた手足をさすりながら

忘れていた心の震える感覚が
ぽっぽっと
心を灯してくれるのです。



ありがとう


素直な心
素のまま真心の歌声


しっかりと
うん
しっかりと届いた
受け取ったよ。


ありがとうね



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