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ドラマ「ケイゾク」と認知の在り方

「ケイゾク」というドラマが好きでした。

『ケイゾク』は、1999年1月8日から3月19日まで毎週金曜日22:00 - 22:54に、TBS系の「金曜ドラマ」枠で放送された日本のテレビドラマ(全11話・特別編1話)。
通称「ケイゾク」と呼ばれる、迷宮入りした事件を担当する警視庁捜査一課弐係(架空の部署)に配属された、東大卒のキャリア警察官僚・柴田純と、元公安の叩き上げ刑事・真山徹が難事件を解決していくミステリードラマ。シリーズ前半は持ち込まれる事件を解決する刑事物として、小ネタを散りばめたコメディー要素の強い一話完結のスタイルを採りつつ、シリーズ後半に向けての伏線を少しずつ描いてゆく。シリーズ後半では真山と快楽殺人犯・朝倉の因縁を巡る物語をシリアスに展開させるという構成となっている[1]。タイトルの『ケイゾク』は「現在も鋭意“継続”捜査中である」ということに由来している。

wiki(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%82%BE%E3%82%AF)より転載

情報の記録媒体としての個人

好きなセリフで、真実の話しが出てきます。

真実なんてのは。本当は存在しないんだよ。曖昧な記憶の集合体で、それが『真実の顔』をして堂々とのさばっているだけだ。だから、その記憶の持ち主を消せば、真実なんて消えてしまう。朝倉はそのことを知っていたんだ。そして、朝倉自身を消した

TBSドラマ『ケイゾク』(第11話『死の味のキス』中盤、真山のセリフより)

真山:俺たちが知ってる真実なんてのはな、ほんの一部だ。わかったか…じゃあな
柴田:真実は必ず、ひとつなんです。私たちの仕事は、それを見つけることです。
真山:頭の悪い、女だねえ、お前には、生きててほしいんだよ

TBSドラマ『ケイゾク』(第11話『死の味のキス』中盤、真山、柴田のセリフより)

90年代、肉体を伴った統一された個人ではなく、情報の集合体としての分裂した個人という考えが出てきたように感じます。

統合された個人というものがあるのではなく、個々の情報が主で、従として個々の情報が集う器(記録媒体)としての個人がある、という考えです。

「朝倉」は、ヒトではなく、「朝倉」という情報の集合体であるため、器(媒体としての肉体)を変えることができる。

真実という固定化された情報があるのではなく、情報は個人という器に入っているものであるため、器がなくなると、情報そのものがなくなる。

因果関係という繋がりの中で真実という情報(意味)を見つけようとする柴田と、情報とは記録(記憶)であり記憶媒体に依存するものだと考える真山。

個人という概念のケイゾク的変化

この人間に対する捉え方の違いは、2000年以降、技術の進化に伴い、私たちの目の前により具現化して現れてきました。

2000年代から、SNSが普及しはじめ、2007年「iPhone」発売から、更にSNSが個人に普及していきます。

個人がSNSで発信する情報は、統合された個人の一部のキャラクターに過ぎず、「裏アカウント」という言葉にあるように、情報(キャラクター)の集う器としての個人があるという考えに、私たちは移行してきているように感じます。

自己と他者の関係性の中に自己を見出すのではなく、
自分が発信・受信する情報の集合体として自己を見出す。

頭の悪い、女だねえ、お前には、生きててほしいんだよ

TBSドラマ『ケイゾク』(第11話『死の味のキス』真山のセリフより)

これは、10話までの天才的な頭脳と洞察力・論理性を持つ柴田というキャラクターがあって成立しているセリフです。

このセリフは様々な解釈ができますが、ここまでの流れでの個人的な解釈では、真山は、自分は死ぬかもしれないが、自分の記憶の中で、柴田には生きていて欲しい、ということ。
そして、柴田が生きていることで、真山自身も柴田の記憶の中で生き(存在し)続けることが出来るということを示唆しているように感じます。

真山は死を、肉体の活動停止ではなく、記憶という情報の存続として捉えていると考えるとセリフが腹落ちします。

ケイゾク化する未来

自分の記憶を全てデータ化し、その後、そのデータをもとに発言や行動の選択を行う。データが本質にあるため、記憶媒体となる肉体は自己同一とは無関係。
これはケイゾクに出てくる「朝倉」です。

だから、「朝倉」は他者と対話ができず、一方的に、自身が望む行動を繰り返していく殺人鬼、というよりも殺人マシーンです。

私自身は他者との関係性や対話を通じた差分の中で自己を認識するものだと考えています。

例えば、学校のクラスの中での自分の立ち位置(先生と生徒、頭がいい、スポーツができる、かっこいい、面白い)や、家族の中での父親や長男といった相対的な役割で、自己認識をしていると考えています。

でも、それは、これからの人にとって、理解できない考え方になるかもしれません。

このあたりのテーマ、興味深いので、引き続き考えていきたいと思います。

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