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「ひとの目を見られない」が自分の作品にどんな風に影響しているのか、という話 (公開日記)

今夜は小説を書くよりも
自己開示のほうが楽な日のようなので、
眠たくなるまでnoteを書きます。


今日は本当の本当にひさしぶりに
職場に顔を出して(※普段は在宅のお仕事)、
ものすごく消耗した。

コロナ禍のときにみんなが言ってた
「通勤って運動になってたんだね」みたいな
単なる体力の問題もあるんですけど、

どっちかというと
「周りにひとがいて緊張する」とか
「対面の会話を成立させる疲れ」みたいな
精神面の問題が大きい。


なかでも「対面で会話する」が
自分のなかで一番ダメージになってる。
……は、言い過ぎか。
一番ポイント消費がでかいです。


なんで皆あんなに絶え間なく喋るんですかね?
人間って喋る動物なんですか……?
とか、当たり前のことを再認識するくらい、
普段ひとと顔を合わせていないので。

会話ってターン制なんじゃなかったっけ?
あれ、リアクションとる隙間がない……。
みたいな感じだった、一日。
トランプのスピードってあるじゃないですか、
あれでボロ負けしてる感じだった。
とりあえず笑っておいたので、まあOKだったのか……。そうだったらいいな。


元々は営業マンやってたので、
当たり前に毎日出社して
当たり前に毎日何件ものお客さんと話して、
当たり前に毎週飲み会に出て、
みたいな仕事をやっていたのに。

このていたらくよ。
なさけねえな。
ほら、昔の自分が泣いてるぞ。


いまはもう、
毎日喋るのは家族だけ、
毎週喋るのは看護師さんだけ、
毎月喋るのはお医者さんだけ、
みたいな生活。

それでべつに全然平気なので、
「引きこもり適性」みたいなのが
たぶんめちゃくちゃ高かったんだと思う。


極度の人見知りという話は何度もしているので
またそれを繰り返すのも芸がないんですが、

「ひとの目を見る」というのが
どうも昔からヘタクソで、ヘタクソで、
見つめすぎてしまったり、
逆に見なさすぎてしまったりするんですよね。

自分が話すターンになると
自然とあらぬ方向に視線がいってしまうので
無理矢理相手を見たりの努力はするんですが、
そうすると今度は表情がつくれなかったりして
もう全然だめで。全然だめです。

パソコンひらいてそこを凝視してていいときは
すべてが上手く転がるので
若いときは書記をするのがうれしかった。
(いまやそんな仕事はAIにとられ……。)


↑こんなんで営業マンだったの???↑
と思いますけど営業はまた違うんですよね。


プレゼンは特定の相手との対話ではないし
案外と場数が物を言うので
結構得意でしたね。

まあ、それもある日を境に駄目になって、
いまは顔出ししない会議ですら
『説明』『発表』『プレゼン』みたいな場面だと

「おい、いま、全力疾走してんのか?」
みたいな謎の息切れをして喋れなくなる。
これはマジで原因不明で対処できてないので、
閑話休題するしかない……。
どうしようもない……。



(閑話休題)



という悲しい習性(?)みたいなのが
自分の作品にも出ているんじゃないか、と。
思ったりもするんですよね。

書いていて気がつく部分としては、
どうも「瞳」の描写が多く強くなりがちで、
逆に表情だったり身振り手振りだったり、
ほか服装などの描写が少ない。

これは頁数を「4シーン×各4頁」に
限定しているせいもあるっちゃあるんですが。


小説を書くとき、描写の参考として
「好きな(だった)女」のことを思い出しても
その瞳が黒かったとか淡かったとか、
そういうことが前に出てきて、
あんまり他のことを思い出さないんですよね。

たぶん全然他人の目を見ないで生活してると、
逆に「たまに見たときの他人の目」の
インパクト(?)が大きくて
ほかのことを記憶できないのではないか……。


あんまり手癖で書くのではなく、
こう、技巧的なことも身につけたいんですが。

まあ、それは追い追い。
追い追いがんばります。


自分のなかには一応、
こういう陰キャのコミュ障の自意識を
肩代わりしてくれるキャラクターもいるので、
彼女のための作品も書いてやりたい……。

「作品として昇華できると、実生活にも好影響がある」のは実感しているところなので。
まあ、そのうち……。


というのが今日の日記です。



瞳、の話をするといつも思い出すやつ


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