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☕️静かな違和感|あなたのありがとう、ちゃんと届いたよ。

私にとって感謝するって、どこか頭ごなしでやらなきゃいけない義務のように感じてるところがあるのです。

それは中学の時に読んだ、人は感謝すると幸せが寄ってくる的なPHPの文庫が原因だったように思います。

でも、私は幸せじゃなかった。

原因は様々だったと思うのですが、そんな高尚なことよりも、
中学生の私には学校生活が必死すぎたのかもしれません。

ありがとうが言えなかった頃の私はこちら


今ならありがとうが言える。

でも、Noteの世界なら・・・まだちょっと足りないのかも?
そう思うことも増えてきました。

みんなはもっとマガジン紹介したり、記事紹介したり、
何かしらの交流の輪が広がっていることを知ってしまった。

なのに私はそれができないと、情けなさを感じる時があります。
と、同時に昔の癖なのか、「私は私でいい」と突き進む気持ちもあるのです。


うまく言葉に言えないけれども、
受け取ることがまず先にあるのでは?と。

「あなたはそのままでいていいよ。生きてることって素晴らしい♪」
そんな讃美歌に感動したように。


感謝しなさいは、ちょっと違うなぁって思うのです。

自然と発するものといいますか。
でも、その自然と心から出るありがとうって、受け取る器が上を向いていないとできないことなんだろうなぁとは思います。

中学の頃の私は気持ちが塞いでましたので、それができなかった。
ただそれだけの話。



それで、今はどうなのかなと考えると・・・。

気持ちのこもった、感動する系のありがとうをまさに今日いただけました。
名前は伏せてですが、私のことを書いてくださった方がいて。
その方が、どう心が動いたかまで理由も述べられてたので、心の動きをとてもよく理解できました。
私のただの思いつきでやったことを、でもすごく嬉しく感じてくれて、それを書いてくれた。
そのことが私も嬉しかったです。


そういえば、新しく先月できたばかりのメンシプに入ったのですが、その方もすごく喜んでくれてましたね。
前から入ると決めていたから、開始40分で入会してしまいました。
そこまで感動してくださることに驚きでした。

そしてもう一つ思い出しました。
片思いのNoterさんがマガジンを購入してくれた時。
すっごく嬉しくて、テンション高めでお礼メッセージを送ってしまいまいました。(個別文章ならなぜか書けた不思議)


私の経験上、涙が出るほど嬉しかったことって、すぐ思い出せなくて。
やはり感情が鈍ってるのかな、とか、育ってないのかなって思うのです。

不安や悲しみ、孤独には随分と向き合ってきたのですが、
プラスの感情を表に出すことを、ちょっと恥ずかしいとも思っています。

ありがとう日記も続かなかったです。
3つ良かったことを書きましょうって言われても、嘘っぱちに聞こえるのです。

すぐ冷静になって、自分を俯瞰している自分がいるのだなとは予想がつきます。



でも・・・

今日の、お礼の記事には本当に嬉しかったです。

だから覚えておきたい。

考えるきっかけをくれたことに感謝したい。


感謝ってまずもらって感動して、そしてお返ししたくなるのかも。



そんな今日の気分を書いていたら、ちょうど昔の関連の記事にスキを押してくださった方がいて、運よく日付がわかったので、
ここに貼っておきます。



あぁ、私、運がいいって言葉を使ってしまうから感謝にならないのかな?
なんて別のテーマが生えそうになりました。
が、そのことはまた今度。


今日は1400文字超えてしまいました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。

(・・・やっぱり恥ずかしいな)

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