小説「誰?」
「誰?」
※この作品はYouTubeで公開した短編を小説化したものです
古びたリビング。
テーブルの上には将棋盤が置かれ、駒の並ぶ音だけが部屋に響いている。
岩男が駒を指し、向かいに座る京子はその一手をじっと見つめていた。
二人は父娘らしく、穏やかで静かな空気をまとっている――ように見えた。
「……なぁ、京子。」
岩男がぽつりと口を開く。
「なに? お父さん。」
京子は盤面から視線を外さず、駒に指をかけたまま返事をした。
岩男は少し息を整え、ためらうように言葉を探す。
その顔はどこか深刻だった。
「驚かずに……聞いてほしいんだが。」
沈黙。
部屋には時計の秒針の音だけが響く。
京子は小さく首をかしげる。
「なに? 勿体ぶって……」
岩男は唾を飲み込み、覚悟を決めたように口を開いた。
「実はな――」
「うん。」
「……お前は……俺の娘じゃないんだよ。」
言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。
盤面を見つめたまま、二人は一切動かない。
将棋盤の上の駒が、どちらのものか分からなくなるほど時間が止まったようだった。
やがて、岩男が気まずそうに続きを言おうとする。
「……ショックだろうけどな。
お前は……俺の大事なむ――」
言いかけて顔を上げた岩男は、息を呑んだ。
そこにあったのは――満面の憎悪の笑み。
京子は嬉しそうに口角を吊り上げ、狂気を隠そうともせずに笑っていた。
「……やっと?」
その声は甘く、しかし底知れない寒気を孕んでいた。
「な、何のことだ……」
岩男の声が震える。
京子はゆっくりと岩男を見据え、頭を少しかしげて問いかけた。
「ちゃんと思い出して?私は誰?」
その一言に、岩男の表情が歪む。
岩男の脳裏に、鮮烈な映像がよみがえる。
――暗い部屋。
――京子の部屋に押し入り、ナイフを手にした自分。
――必死に叫ぶ京子。
――そして、その胸を突き刺す自分の腕。
「……あ! ああああっ!!」
岩男は頭を抱え、目の前の現実から逃げようとする。
しかし、もう遅い。
京子はゆっくりと立ち上がった。
京子の服は血にまみれ、胸にはまだナイフが深く刺さっていた。
その姿は、間違いなく“あの日”に殺された時のままだった。
「やっと……思い出してくれたね。」
狂気の笑顔を浮かべながら、京子は胸に刺さったナイフを自ら引き抜く。
そして、そのまま岩男へと振り下ろした。
「――お前が、殺したんだよ。」
ズブリと鈍い音が響く。
岩男は苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちる。
その様子を見て、京子は声を上げて笑った。
それは歓喜とも呪詛ともつかぬ、凄惨な笑い声だった。
静かなニュースキャスターの声が響く。
『アパートで男女の遺体が発見されました。
二人は親子とみられますが、死亡時期には大きなズレがあり――
警察は事件と事故、両面で捜査を進めていく方針です。』
暗闇に笑い声が微かに残り、やがて消えた。
