見出し画像

小説「母を何度でも…」

「母を何度でも…」
※この作品はYouTubeで公開した短編を小説化したものです

古びた家の和室。
薄暗い照明の下で、ひかりは黙々と掃除をしている。
その様子を、母・が冷たい目で見つめていた。

「掃除が終わったら、洗い物して……夕飯の用意もしなさい。」

命令するような声。
ひかりは小さく「はい」とだけ返事をした。

その返事には温度がなかった。
まるで機械が音を発したかのように、感情の欠片もない。

梢は眉をひそめ、吐き捨てるように呟く。

「……陰気な子だねぇ。」

ひかりは無言で掃除を続ける。

梢は苛立ちを募らせ、声を荒げた。

「あんた、返事もできないのかい?」

ビクリと肩を震わせるひかり。
恐怖を必死に押し隠し、ぎこちない笑顔を作った。

「ご、ごめんなさい……お母さん……」

その笑顔は不自然で、壊れそうに歪んでいた。

梢は冷笑を浮かべ、あえてひかりに聞こえる声で呟く。

「なんで……あんたなんて産んだのかね。」

ひかりは何も言わず、ただ掃除道具を置いて洗い物をしに台所へ向かう。

「……無料の家政婦と思えば……か。」

梢は鼻で笑い、洗い物をするひかりの背中を一瞥した。


梢は布団叩きを振りかぶり、怒声をあげる。

「いい加減、いつになったらちゃんと家事するんだい!」

ひかりは怯えきり、手元には小さな置物を握りしめている。

梢はその置物を睨みつけた。

「……また、それを持ってるのかい。」

ひかりは置物を隠すように体を縮めた。

梢は憤りをぶつけるように叫ぶ。

「旦那は出て行ったんだよ!
 それを見せつけるかのように抱えて……嫌味なのかい!?
 ……本当に嫌な娘だよ!」

言葉と同時に、布団叩きが振り下ろされた。
ひかりは身を丸め、必死に耐える。
その衝撃で、手にしていた置物が床に転がり落ちた。

「なんだい、こんなもの!」

梢は置物を乱暴に拾い上げると、力任せに――割った。

パリン、と乾いた音が部屋に響く。

「ダメっ!!それは……お父さんの!!」

絶望に満ちた叫びとともに、ひかりは梢に飛びかかった。
置物を取り返そうとするその勢いに、梢はバランスを崩し――

ドンッ、と音を立てて倒れた。
後頭部が床に打ち付けられ、鈍い衝撃音が響く。

「……え? お母さん……? お母さんっ?」

ひかりは青ざめ、揺さぶるように呼びかけた。
梢は意識を失いかけ、低くうめき声をあげるだけだった。

ひかりは震える手で頬を押さえ、フラフラとその場を離れる。


そして再び映るひかりの姿。

その手には、重そうな鈍器が握られていた。
虚ろな目で、倒れている梢を見下ろす。

「……あの人が言ってたの……」

ひかりの声は淡々としていて、どこか上の空だった。

「人は……死んだら変わるって……」

静かに鈍器を振り上げる。

「お母さん……ごめんね。」

ほんの一瞬、寂しげに微笑む。
梢のうめき声が漏れる

「お父さんがいたときの……
 あの優しいお母さんに……戻ってね。」

――鈍器が振り下ろされる音。

何度も、何度も、何度でも。

暗転した画面の中に、ひかりの声だけが響く。

「いい子のお母さんになるために……」

「ひかり、がんばるね……」

やがて、その声は恍惚とした笑い声に変わっていった。

いいなと思ったら応援しよう!